2009年6月2日、開港150周年を迎える横浜。このコラムでは、“その日”に向けての新たな取り組みやイベント情報を発信していくよ。2年後に迫った記念すべき日を、みんなで盛り上げよう!
横浜開港150周年記念事業ロゴマーク
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西洋文化の始まりは開港から
横浜はじめてエピソード

 開港を機に、横浜には数々の西洋文化が入ってきました。ガス灯やアイスクリームは有名だけど、実はそのほかにも私たちの身近には“横浜発祥”がいっぱい! 148年も前の出来事が、現在につながっているなんて、何だかロマンを感じるよね。ということで今回は、横浜が始まりのものをいくつか紹介します。 

「アイスクリーム」
 明治2(1869)年、町田房造が馬車道に開業した「氷水屋」で売り出した「あいすくりん」が、日本初のアイスクリーム。当時はとても高価で、たまに外国人が食べるくらい。日本人はそれを珍しそうに、ただ見物するだけだったそうです。

「テニス」
 明治11(1878)年、山手公園の一角に、5面のコートを持ったクラブが結成されたのが、日本でのテニスの始まりです。楽しんでいたのは、居留地にいた西洋の貴婦人たち。彼女たちが、白のロングスカートに日よけ帽で優雅にプレーしている姿は、日本女性の憧れの的だったんだとか。

「西洋野菜」
 キャベツやトマト、タマネギなど、外国人が洋食を作るときの必需品だった西洋野菜の始まりも横浜。文久3(1863)年ごろ、イギリス人カーチスが山手の地で栽培を試みたのがきっかけです。貴重品だった野菜の種を、外国人はトランクに厳重に保管していたという逸話も。

「日刊新聞」
 日本初の日刊新聞は、明治3(1870)年に創刊された「横浜毎日新聞」。当時の新聞記事は、両替相場、船の出入航時間、忘れ物、転居通知、さらに居留地に住む外国人のゴシップネタも!

「ガス灯」
 外国人から神奈川県にガス灯建設の申請が出されたのは、明治3(1870)年のこと。フランス技師が招かれ、イギリスから輸入された柱と、日本の職人の手によって完成したガス灯は、明治5(1872)年に点灯式を行いました。ですが、一部の人からは“キリシタンの魔法”と恐れられていたとか。

馬車道にはイギリスから輸入した本物のガス灯が
馬車道にはイギリスから輸入した本物のガス灯が(写真提供/横浜観光コンベンション・ビューロー)
当時はこんなエレガントな姿でテニスを楽しんでいたとか
当時はこんなエレガントな姿でテニスを楽しんでいたとか(写真提供/テニス発祥記念館)
[Topics] 「横濱開港150周年オリジナル切手シートPART1」発売中
 開港150周年に向けた2007年のテーマ“港・ひと・世界へ”をモチーフにした「横濱開港150周年オリジナル切手シートPART1」が、横浜市内の郵便局で発売中です。イラストは横浜市在住の画家・柳原良平さん、デザイン構成はイサオ マツノさんが担当。これまで横浜に寄港したクイーンエリザベスII、飛鳥、氷川丸などの船が横浜の風景とともに描かれています。1シート1200円で2万部限定発売なので、急いでチェックして。
※郵便局によっては品切れの場合もあります。まずは最寄りの郵便局に問い合わせを
問:(財)横浜開港150周年協会 TEL:045(222)1508
情報掲載日:2007.7/4