西洋文化の始まりは開港から
横浜はじめてエピソード
開港を機に、横浜には数々の西洋文化が入ってきました。ガス灯やアイスクリームは有名だけど、実はそのほかにも私たちの身近には“横浜発祥”がいっぱい! 148年も前の出来事が、現在につながっているなんて、何だかロマンを感じるよね。ということで今回は、横浜が始まりのものをいくつか紹介します。
「アイスクリーム」
明治2(1869)年、町田房造が馬車道に開業した「氷水屋」で売り出した「あいすくりん」が、日本初のアイスクリーム。当時はとても高価で、たまに外国人が食べるくらい。日本人はそれを珍しそうに、ただ見物するだけだったそうです。
「テニス」
明治11(1878)年、山手公園の一角に、5面のコートを持ったクラブが結成されたのが、日本でのテニスの始まりです。楽しんでいたのは、居留地にいた西洋の貴婦人たち。彼女たちが、白のロングスカートに日よけ帽で優雅にプレーしている姿は、日本女性の憧れの的だったんだとか。
「西洋野菜」
キャベツやトマト、タマネギなど、外国人が洋食を作るときの必需品だった西洋野菜の始まりも横浜。文久3(1863)年ごろ、イギリス人カーチスが山手の地で栽培を試みたのがきっかけです。貴重品だった野菜の種を、外国人はトランクに厳重に保管していたという逸話も。
「日刊新聞」
日本初の日刊新聞は、明治3(1870)年に創刊された「横浜毎日新聞」。当時の新聞記事は、両替相場、船の出入航時間、忘れ物、転居通知、さらに居留地に住む外国人のゴシップネタも!
「ガス灯」
外国人から神奈川県にガス灯建設の申請が出されたのは、明治3(1870)年のこと。フランス技師が招かれ、イギリスから輸入された柱と、日本の職人の手によって完成したガス灯は、明治5(1872)年に点灯式を行いました。ですが、一部の人からは“キリシタンの魔法”と恐れられていたとか。 |