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1975年生まれ。横浜出身。97年、演出助手として松竹大船撮影所からキャリアをスタート。前田陽一監督の現場をはじめ、オリジナルビデオなどのドラマ作品に携わる。99年から01年まで北京電影学院に在学し、映画演出、ドキュメンタリー理論を学ぶ。帰国後、日本在住の中国人映画監督である李纓に師事し、氏のドキュメンタリー映画「味」に助監督として参加。本作が監督デビュー作となる。 |
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映画館でハートフルな人々と出会って! |
| かつて、ひとりの娼婦(しょうふ)がいた。彼女の名前は“ハマのメリー”。そんな意味深なコピーとともに映し出されるメリーさんの生写真…。のっけから思わず好奇心をくすぐられる「ヨコハマメリー」は、撮影開始から5年の歳月をかけて完成。出演者は、メリーさんと親交の深かったシャンソン歌手、故・永登元次郎さん、メリーさんを題材にした一人芝居「横浜ローザ」を演じた女優の五大路子さんほか、クリーニング店や宝飾店、化粧品店、レストランなどメリーさんを客とし、また隣人とした店主など10数人。見どころは、彼ら一人ひとりの言葉がハマのメンタリティーをどう描き出すか。同じ女性としては、メリーさんの女性としての生き方にも深い感動が。 |
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| (c) 森日出夫 横浜ニューテアトル(伊勢佐木町2丁目、ピア隣)、テアトル新宿(新宿駅東口伊勢丹メンズ館隣、地下1階)で公開中 |
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中村さんがこの映画を撮るきっかけになったのは、1995年にメリーさんがこつぜんと姿を消したことでした。
「中学生のころ伊勢佐木町へ映画を見に行くたびに見かけたのが、真っ白なドレスと化粧に身を包んだ老婆、メリーさんの姿。それがある時、久しぶりに行ってみるといない。故郷へ帰ったといううわさも流れる中、実際どこへ行ったのかと、個人的な興味が突如わいてきたのです」。一種の喪失感を埋めるべく調査に乗り出した中村さん。しかし、インタビューを重ねるうちに意外にも、メリーさんと親交のあった人々の生き方に強く引かれていったのだとか。
「戦後、横浜が最も横浜らしく輝いた時代が彼らの中に今なお息づいていた。例えば、外国人居留地があった関内に対して、一般の日本人が生活した場所は関外と呼ばれていて、“ハマっ子”たちは今も『私たちは関外』と言い切る。人間が本来持つパワーを教えてくれたメリーさんの生き方と呼応するように、“横浜”にこだわって生きてきた彼らの人生も深い味わいに彩られていたんです。この人たちを撮りたい、この人たちを追えば横浜のメンタリティーを描くことができる、と強く思いましたね。だからこの映画はある意味、メリーさんとかかわった人々の“人生賛歌”でもあるんです」 |
| ディープな町を支えるのはディープな人々 |
| 深夜に及ぶ映像の仕事のほとんどが東京で行われるにもかかわらず、故郷である横浜を離れようとしない中村さんにとって、横浜はまさに「人生の縮図が存在する面白い町」。「ヨコハマメリーの舞台は富裕層が住む山手でもなく観光地のみなとみらいでもない。その対極にある、ディープな人々に支えられたディープな町です。その世界観を感じながら伊勢佐木町を歩けば、きっと今までの風景とは違った見え方をしてくるはず。ぜひ体験してみてください」 |
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