スイス国境の近く、東部フランシュ・コンテ地方のポンタリエは「アブサン酒」の産地として知られる。
18世紀の末、フランス人医師が消化を助ける薬用酒として造ったのが始まりだそうで、19世紀には多くの芸術家に愛飲される。しかし、アルコール度数が65〜72度と高かったのに加え、主原料となるニガヨモギに、覚せい作用や中毒症状を引き起こす成分が含まれることが問題視されるようになっていった。破滅的な運命をたどったゴッホも、この酒の崇拝者だったといわれている。
ついに第一次世界大戦中の1915年、アブサンは仏国内で製造・販売が中止される。1980年代に段階的に成分基準が見直され、その後解禁となるまで、多くの酒造所は代用品のアニス酒を製造しながら店を守ってきたそうだ。
1890年創業のピエール・ギイ社も、そうした歴史とともに歩いてきた酒造所。訪れた私を迎えてくれたのは、「禁断の酒」という怪しい歴史とは正反対の、爽やかな青年だった。酒造所の跡取り息子・ガブリエル君である。
早速、工場内の説明が始まるかと思いきや、彼は手招きをして私を裏庭へと誘った。そして風にそよぐやさしげな草を指さして「これがニガヨモギですよ」と言うではないか。現在の製品は伝統の製法を引き継ぎながらも、成分はコントロールされ、アルコール度数も45度まで抑えられている。私も伝統的な飲み方に従い、砂糖と水を加えて試してみた。薬草の苦味が口いっぱいに広がり、お酒というよりは薬そのものだ。ゴッホさんも適量ならよろしかったのに?
アブサンの効果か、試飲後の昼食は日ごろに増して食欲が進んでしまった。私にとっては体重超過に加担する、まさしく「禁断の酒」であった。