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海外生活をしている人たちがその国を紹介
ポンタリエ[フランス]
ゴッホも愛した「禁断の酒」
アブサンの故郷(シティ特派員/大矢麻里)
少量のアブサン酒をグラスに用意。穴のあいた専用スプーンに砂糖を置き、それを溶かすように水を注いでうすめるのが正式な飲み方
少量のアブサン酒をグラスに用意。穴のあいた専用スプーンに砂糖を置き、それを溶かすように水を注いでうすめるのが正式な飲み方
老舗ピエール・ギイ社では、2001年からアブサン酒の製造を再開した
老舗ピエール・ギイ社では、2001年からアブサン酒の製造を再開した
酒造所の跡取り息子ガブリエル君。アブサン酒の詳しい製法は企業秘密のようだが、ニガヨモギのほかに、アニスやサパンなども加えるという
酒造所の跡取り息子ガブリエル君。アブサン酒の詳しい製法は企業秘密のようだが、ニガヨモギのほかに、アニスやサパンなども加えるという

 スイス国境の近く、東部フランシュ・コンテ地方のポンタリエは「アブサン酒」の産地として知られる。

 18世紀の末、フランス人医師が消化を助ける薬用酒として造ったのが始まりだそうで、19世紀には多くの芸術家に愛飲される。しかし、アルコール度数が65〜72度と高かったのに加え、主原料となるニガヨモギに、覚せい作用や中毒症状を引き起こす成分が含まれることが問題視されるようになっていった。破滅的な運命をたどったゴッホも、この酒の崇拝者だったといわれている。

 ついに第一次世界大戦中の1915年、アブサンは仏国内で製造・販売が中止される。1980年代に段階的に成分基準が見直され、その後解禁となるまで、多くの酒造所は代用品のアニス酒を製造しながら店を守ってきたそうだ。

 1890年創業のピエール・ギイ社も、そうした歴史とともに歩いてきた酒造所。訪れた私を迎えてくれたのは、「禁断の酒」という怪しい歴史とは正反対の、爽やかな青年だった。酒造所の跡取り息子・ガブリエル君である。

 早速、工場内の説明が始まるかと思いきや、彼は手招きをして私を裏庭へと誘った。そして風にそよぐやさしげな草を指さして「これがニガヨモギですよ」と言うではないか。現在の製品は伝統の製法を引き継ぎながらも、成分はコントロールされ、アルコール度数も45度まで抑えられている。私も伝統的な飲み方に従い、砂糖と水を加えて試してみた。薬草の苦味が口いっぱいに広がり、お酒というよりは薬そのものだ。ゴッホさんも適量ならよろしかったのに?

 アブサンの効果か、試飲後の昼食は日ごろに増して食欲が進んでしまった。私にとっては体重超過に加担する、まさしく「禁断の酒」であった。

シティ特派員プロフィル】
大矢麻里(おおや・まり)/イタリア・コメンテーター。幼稚園教諭、商社OLを経て、自動車誌記者だった夫と1996年結婚。同時に一念発起してトスカーナの古都シエナに移り住む。現在はラジオ・雑誌・Webのイタリア特集に欠かせぬ顔として、女性や生活者の視点からレポートをしている

[情報掲載日:2008.7/9]