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海外生活をしている人たちがその国を紹介
デスバレー[アメリカ]
容赦ない太陽が降り注ぐ
死の谷という名の砂漠(シティ特派員/近藤美伸)
干上がった塩水湖。なめてみるとやはりしょっぱい。塩の道の先を歩むも、枯渇のため10分で断念
干上がった塩水湖。なめてみるとやはりしょっぱい。塩の道の先を歩むも、枯渇のため10分で断念
黄金色に輝く砂丘の美しさに、しばし見とれる。しかし、夜にはガラガラヘビがやってくるそうだ
黄金色に輝く砂丘の美しさに、しばし見とれる。しかし、夜にはガラガラヘビがやってくるそうだ
砂漠に生きる花。私も、この花のように強く生きていかなければ
砂漠に生きる花。私も、この花のように強く生きていかなければ

 英会話学校で「今度のホリデーはデスバレーに行きます!」と、私は元気に発言した。「あなた、砂漠なんか見たいの?」とレスリー先生。アメリカでは砂漠というものはわざわざ見に行くようなものではないのだろうか。いや、しかし、砂漠を見ずしてアメリカは語れまい。友人とロサンゼルスから車を飛ばすこと、5時間。カリフォルニア州とネバダ州にまたがるデスバレーに到着した。長野県とほぼ同じ面積を持つ巨大な国立公園だ。

 ハイキングコースの出発地点には、大きな注意書きの看板が立っている。「砂漠のハイキングでは水をたくさん飲まなければ、死にますよ」と書いてある。早速、私たちは1ガロン(約4リットル)ボトルの水を買った。容赦なしの太陽、塩だらけの土地。しかし、この過酷な環境の中にも、凛(りん)として咲く花があった。「困難の中で生き抜く強さは美しい」、熱砂に抱かれて、そんな人生哲学がよぎる。  帰路は観光ポイントを外れて通ってみることにした。人っ子一人おらず、カーラジオも携帯電話の電波も届かない。「今、車が故障したらどうするか」ということが、私たちの会話のテーマとなった。

 デスバレーという名前は、ゴールドラッシュ最中の1849年、金鉱に向かう一団がこの谷に迷いこみ、死者を出しながらも、必死に脱出したという事件に由来する。私たちの車は、ゴールドラッシュとともに栄え、消えて行ったゴーストタウンをいくつも横目に走り続けた。デスバレーから抜け出るまでの約3時間、一切の人影も対向車もなし。日が暮れてから、一匹の野ウサギを見ただけだった。あのウサギは、コヨーテのえさになってしまうのかもしれない。

 灼熱(しゃくねつ)地獄のデスバレーが不思議と美しいのは、有限なるものの生への渇望がこの谷には宿るからなのだろう。

シティ特派員プロフィル】
近藤美伸(こんどう みのぶ)/国際線客室乗務員として、世界を駆け巡る。フランスに恋をして、2年間のパリ留学。2005年に転職。南こうせつ、和田勉らが参加したエッセイ集「101本の緑の物語」にショートエッセイを執筆。ロサンゼルス在住。地元の情報誌にニュースダイジェストを寄稿している

[情報掲載日:2008.7/2]