

イタリアには「趣味はワイン造り」という人が多い。毎年家族や友人と1年間味わえる量を造っては楽しんでいる。なかには仕事より熱が入り、ブドウ栽培に適した土地を求めて移り住んでしまう人さえいる。美酒は人生までも変えてしまうのだ。
ローマの北約90kmのモンテフィアスコーネ村にも、お酒にまつわる逸話が残されている。それも主人公は聖職者だ。12世紀初頭、ドイツのデフックという司教は、皇帝の随行員としてローマへと向かっていた。無類の酒好きだったデフック司教は自分より先に使者を走らせ、うまい酒を出す居酒屋を見つけたら入り口に合図の言葉「Est!」(ここにありという意味のラテン語)を貼るように指示した。使いの男は、モンテフィアスコーネで見つけたワインがあまりに美味だったことに感激して「Est! Est!! Est!!!」と三度繰り返して書き残した。それが今日イタリアのDOCワイン(統制原産地呼称ワイン)に格付けされている「エスト! エスト!! エスト!!!」なのである。

村へと続く街道を進むと、「ここにあり」の文字が次々に登場する。今や醸造メーカーの宣伝用看板にすぎないのだが、気分はすでにデフック司教である。私もワインショップで試飲させてもらうことにした。初めに口にした辛口はやや濃い麦わら色をしていて実に軽くて爽やか。生ハムの前菜あたりと一緒にいただけばグイグイいけそう。甘口タイプはコクがありデザートワインにぴったりだ。

話をデフック司教に戻せば、彼はローマの帰路、ワインの味を忘れることができずにこの地にとどまることに。ついにはワインの飲みすぎが引き金となって、命を落としてしまった。試飲を繰り返す私を見かねた連れのダンナは「このままだと司教の二の舞いになるぞ」と言って私を店からつまみ出した。
【シティ特派員プロフィル】
大矢麻里(おおや・まり)
コラムニスト。1996年からイタリア・トスカーナのシエナ市在住。NHK「ラジオあさいちばん」レギュラー出演のほか、雑誌、ウェブなどで「素顔の暮らしぶり」を執筆中。ヨーロッパ各地で一般家庭にズカズカと入り込んでの地元文化探索もライフワークとしている
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