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銀ブラのススメ
2004.9/29更新
知らなかった街の姿を発見!
新“銀ブラ”のための10のポイント
 “銀座通”の岡本さん、読者の大津さんと松村さんの3人は早速、“銀ブラ”を開始! 岡本さんから銀座の歴史や建築などの解説を受けながら、街をぶらぶら歩きました。ここでは、銀座の街の中で読者が特に興味を持った計10のスポットを紹介します。「今まで知らなかった銀座を発見できました」(松村さん)、「初めて銀座をぶらぶら歩く楽しさを知りました」(大津さん)と2人。あなたもこれを読めば、“銀座通”になれるかも!?

新“銀ブラ”のための10のポイント

発見1 今も江戸時代の町屋の構造が残っている
第3ソワレ・ド ビル
岡本 銀座は江戸時代の敷地の単位である「町屋敷」の構造が、今に残っているとてもおもしろい街なんです。町屋敷は左右が5間(約10m)、奥行き20間(40m)が単位。表の店と店の中央に路地が置かれて、その奥には長屋、そしてまた店という構造でした(イラスト参照)。この第3ソワレ・ド ビルは、その構造を現代風に使っています。
松村 本当だ。同じビルの中に店が2軒あって、その中央に路地が通っている。確かにここでしか見ない構造かも。
岡本 では、路地に入ってみましょう。この路地を抜けるとそのまま裏通りに出られるんです。今は一棟のビルになっていますが、昔は裏通りにもまた別の店が面していたんです。
大津 ここが江戸時代の人たちの生活空間だったんですね。
岡本 そう、路地は人々の生活空間だったんです。「江戸時代ってここに長屋があってみんなが暮らしていたんだな」とか、想像力を働かせて建物や街並みを眺めるともっと街歩きが楽しくなりますよ。

町屋藪の構造
第3ソワレ・ド ビル外観
第3ソワレ・ド ビル内部
正面から見ると、一つのビルの中に中央の路地を隔てて2つの店が入っていることが分かります

発見2 時計の面は東西南北を向いている
和光ビル
岡本 「和光ビル」の時計の面は、実はそれぞれ東西南北の方向を向いているんです。
大津 へえ、ちょっとした豆知識ですね。今度、友達に自慢しようっと!
岡本 建物の正面側が南で裏側が北、新橋寄りが西で日本橋寄りが東。こう考えると、銀座通りって、実は南北に流れているのではなくて、ほぼ45度北に傾いていることが分かるんです。
和光ビル

発見3 昔は柳が銀座通りの名物だった
銀座の柳二世
大津 わあ、大きな柳!
岡本 昔は柳が銀座通りの名物だったんです。なぜかというと、銀座は江戸時代から掘割と川に囲まれた街で、水辺に生息する柳が根付きやすい条件にあったから。明治期の銀座通りには、並木としての柳がたくさんあったんですよ。今も数寄屋橋や新橋などの地名が残っているでしょ。これらの橋を渡らなければ銀座に入ることのできないくらい、水に囲まれていたんです。
松村 今、銀座通りで柳って見ないですよね。
岡本 大正10年の街路整備で取り除かれ、さらに第二次世界大戦で焼けてしまいました。そのたびに新たに植える努力がなされたのですが、最後は昭和43年の街路整備ですべて抜かれてしまいました。今みる銀座の柳のほとんどは戦後に植えたものなんです。でもこの「柳二世」と呼ばれる柳は、困難を乗り越えて生き残っている珍しい柳。銀座8丁目のあたりは戦火を逃れた地域なので、古い建物も結構残っているんですよ。
銀座の柳二世

発見4 銀座で最初で最後のアパート
奥野ビル
岡本 昭和7年に建てられた、銀座で最初のアパート「銀座アパート」がこの建物。最初というか、その後に銀座にアパートは建っていないから最初で最後のアパートといえるんですけどね(笑)。当時はモダンな建物だったから、芸能人や有力者がいっぱい住んでいたんですよ。
大津 同潤会アパートは有名ですけれど、銀座にもこんな建物があるなんて知らなかった。趣がありますね。
岡本 今はもう生活している人はいないけれど、テナントとしてはいまだに人気が高くて、入居待ちの状態なんですよ。
奥野ビル

発見5 昔の質屋の構造がわかる!?
ハリー・ウィンストン&読売広告社
岡本 ここは明治期の質屋に見られた大家と店子の関係を現代に持ってきたようなおもしろい構造のビル。当時の質屋は今でいえば金融業にあたるため、表通りに看板を出すのではなく、横町や裏通りに面したところにひっそりと店を出していて、表の一等地は舶来(はくらい)の商品を売る店などに貸していたんです。このビルも、所有主は読売広告社だけれど、表通りは高級宝飾店のハリー・ウィンストン。読売広告社の入り口は横町に面しています。
ハリー・ウィンストン&読売広告社

明治初期のガス灯を今に再現
ガス灯通り
岡本 ガス灯通りにガス灯があるんだけれど、これは明治初期に銀座通りにあったガス灯を忠実に再現したもの。通り沿いのお店の人たちが造ったもので、街を盛り上げようとする熱意が感じられますよね。
ガス灯通り

発見7 「交詢社ビルヂング」の面影を残す建物
バーニーズ ニューヨーク銀座店
松村 あ、バーニーズ だ! 10月1日(金)にオープンするんですよね。
岡本 ここが元、どんな建物だったかを知っていますか?
大津 いいえ、知りません。
岡本 もともとは「交詢社ビルヂング」が立っていたんです。交詢社は、明治13年(1880年)に福沢諭吉の呼びかけで結成された日本最古の社交クラブ。昭和8年(1933年)にそのクラブハウスとして建てられたのが「交詢社ビルヂング」で、ゴシック様式の名建築だったんです。エントランスの上に古い石と窓があるでしょ。あれは、当時の建物の一部をそのまま残しているんですよ。
バーニーズ ニューヨーク銀座店

発見8 約100m続く長い路地
豊岩稲荷神社の石碑〜とんかつ銀座梅林の横
路地裏岡本 ここは明治期の路地裏の様子が分かる場所。「GINZA GREEN」の中ほどにある路地は、約100mも当時の姿が残っている、銀座通り沿いのブロックにある唯一の長い路地。「豊岩稲荷神社」の石碑(写真1)を目印に路地裏に入ってみましょう。
松村 ここから中に入るの?って思ったけれど、ビルの間と間に路地が広がっている! 路地に面して、ビルの裏口もあるんですね(写真2)。
豊岩稲荷神社の石碑
岡本 今も使われている路地だという証拠。今も地元の人にとってはなくてはならない、生活通路なんです。向こうに、扉が見えているでしょ。あれは「GINZA GREEN」(写真3)のビルの扉。この扉からいったんビルの中に入って、またさらに路地に抜けられるんです。「GINZA GREEN」を建てるとき、ビルができることで路地の通り抜けができなくなるのは困るということで、このような扉を造ったんです。ビルが閉まっているときも、24時間通り抜けできるんですよ。
大津 銀座にこんな路地裏があったなんて。表のビルとは対照的な雰囲気ですね。路地の中に「豊岩稲荷神社」(写真4)があるのもおごそかな感じ。
岡本 いつまでも残ってほしい、銀座のよさだと思っています。ほかにもたくさんの路地が銀座にはあるんですよ。

発見9 有名な建築家が設計したビルがいっぱい
静岡新聞・静岡放送
岡本 これは、代々木体育館や都庁などの設計で有名な建築家の丹下健三さんがデザインしたビル。静岡新聞・静岡放送の社屋なのですが、塔のようなデザインが印象的ですよね。銀座は有名な建築家の設計した建物が多いので、建物をテーマに街を巡ってみるのもおもしろいですよ。
静岡新聞・静岡放送

発見10 戦中は物干しですしを食べていた!?
「ものほし寿司」の看板
岡本 看板に「ものほし」って書かれているでしょ。実はこれは戦中の名残。戦中はすしはぜいたく品だったから、いくらお金持ちでも表だっては食べられない。だから店の物干しに上がって、こっそり食べていたそうですよ。
「ものほし寿司」の看板

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