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   <title>和田裕美のしあわせレシピ</title>
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   <updated>2008-04-23T00:45:03Z</updated>
   
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   <title>幸せを呼び込むため…　「陽転思考」を忘れずに！</title>
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   <published>2008-04-23T00:36:42Z</published>
   <updated>2008-04-23T00:45:03Z</updated>
   
   <summary> 　最後に、最初に戻って「陽転思考」で終わりたいと思います。 　今の私が頑張って...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0425shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0425shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　最後に、最初に戻って「陽転思考」で終わりたいと思います。
　今の私が頑張って生きていけるのは、「陽転思考」という考え方のおかげです。これは、マイナス思考はだめといった、ポジティブシンキングとはちょっと違います。
　私はもともと自信のないマイナス思考の人間だったので、「マイナスは考えてはいけない」ということが守れませんでした。そうなると輪にかけて落ち込むので、そういった規則を一切なくして、泣いてもいいし怒ってもいい、けれどそれを長引かせないで幸せな方向にシフトしていこうという考え方、つまり和田なりの「陽転思考」を作ってきたのです。]]>
      <![CDATA[　私は今でも落ち込んだり、怒ったりもしますが、陽転思考で切り替えることができるようになってから、早くそれを克服して、ほとんど心の根っこに残さないで、幸せな気持ちになれるようになりました。そこには「よかった」という思いや、「ありがとう」という感謝が生まれているのです。
　事実はひとつ、考え方はふたつ。仕事に失敗したとしても、もう後には戻れない。それを後悔して「やっぱりついていない」と悩んでしまう人も、「この失敗で学ばせてもらった。これで謙虚になれた。ありがたいと思おう」と思う人も目の前にある事実は同じです。同じ事実をどう受け止めるかによって、「幸せな方向」と「不幸な方向」に分かれていく…、それが人生であるならば、何が起こるかが幸せか不幸かを決定するのではなく、それを「よかった」と言って切り替える人に幸せがやってくるのです。
　起こった事実は変えることができないでしょう？　泣いても笑ってももう元に戻らないでしょう？　だから、どうせ生きていくなら、今の自分の人生で主役はあなたなのだから、前を向いて、涙ふいて、悔しくても理不尽だなと思っても、そのおかげで強くなれたり、そのおかげでやさしくなれたり、人の痛みや悲しみが分かったりする、大きな心をもらえるから、切り替えて無理やり笑って、「これでよかったんだ」って言ってください。
　私は、今とても幸せです。それは私に悲しいことやつらいことがなかったからではなく、それを受け止めて、それに感謝できたから、今やっと「幸せだ」と言えるようになったのです。

　さて、唐突ですが、あと３日で地球がなくなってしまうとしたら？　あなたの周りにあるもの、あなた自信のなかにあるもの、あなたの目の前にある事柄、すべてが消えてしまうとしたら、あなたが今抱えている問題でさえも、いとおしく感じるかもしれません。だからきっと「よかった」は見つかるはずです。
　２年と４カ月、おつきあいくださってありがとうございました。つながっていたいので、今度は皆さんから会いに来てくださるとうれしいです。では、では、また。

Ｐ．Ｓ．ブログもなんとなく陽転思考で書いてます。遊びにきてください
<a href="http://plaza.rakuten.co.jp/perie2005/" target="_blank">和田裕美のわくわく営業セミナー秘密現場日記</a>]]>
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   <title>つらく悲しい経験は文字にして乗り越えよう</title>
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   <published>2008-04-16T00:39:07Z</published>
   <updated>2008-04-16T00:45:03Z</updated>
   
   <summary> 　この連載をもとに、「幸せレシピ」が新潮社さんから出版されました。その本には、...</summary>
   <author>
      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0418shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0418shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　この連載をもとに、「幸せレシピ」が新潮社さんから出版されました。その本には、陽転思考や神社、子供のころの話など、たくさんのエピソードがつまっているのですが、今、読み返しています。
　実は、この連載は仕事から離れた日常のエピソードから幸せになれるもとを探すという壮大なテーマなだけに、途中なかなか書けなくて、時間に追われているときにはついつい逃げたくなり、「もう連載はムリです…」と弱気になったこともありました（そもそも私は甘え体質で根性がないのです）。
　それでも、みなさんからの応援メッセージに励まされて、なんとか続けて書いてきたのでした。そんな「産みの苦しみ」の中から生まれたのが、「幸せレシピ」という本なのです。
　あの本を出版できたおかげで、シティリビングを読んでいない人からも、たくさんの反響をいただきました。あらためてそんな機会をくださったシティリビングさんに感謝でいっぱいです。]]>
      　本になった「幸せレシピ」は、連載の１年目の原稿が使用されているので、今読むとちょっと照れます（笑）。
　例えば、「豆」のことを書きました。私の大学時代の彼とその恋人を裏切った私、私の彼を好きで奪った親友の話もありましたね（なぜ「豆」かというと、その彼が豆みたいな顔と身体だったからです笑）。
　また、母親に「ぐれてもええで、あんたの人生やしあんたが損するだけや」と言われた話、神社を好きになるきっかけとなったおじいちゃんとのエピソード、母が死んだ話も…。あらためて振り返ってみたら、書くという機会をもらっていなかったら、わざわざ言葉にして記録にしなかったことばかりだなと思います。
　そうして、そんな日常を赤裸々に文字にして記録にするという行為を通して、私が知ったことが一つあります。それは文字にすると、すべて乗り越えることができたり、経験として認知することができるということです。
　人には苦い経験もうれしい経験もあります。その中のつらい経験というものは、なるべく忘れようとします。けれどそうやって無視することは、表面にばんそうこうを貼る程度の治療なので、何かあると癒えてない傷が痛むようにそれを思い出します。しかし、その経験を文字に書いて記録すると、根本から癒されます。
　私は悲しいことを、涙を流しながら書いています。書き終わると、まるでその経験は紙の上に存在して、なんだか、客観的に見られるようになっているのです。
　だからもしこれからつらい経験があったら、文字にして書いてみてください。乗り越える方法の一つになると思います。
　さて、さすがに２年以上やってくると、前に書いたことと重複してはいけないと思って、最近あったことを書くようになっていましたが、この連載が終わる前にどうしても覚えておいてほしいことがあります。それは、この連載の１回目とか２回目に書いた「陽転思考」という考え方です。次回のラストではこの考え方のおさらいをして連載を終了し、みなさんにお礼とお別れを言いたいと思います。
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   <title>自分自身で経験、体験、体感して大きくなる</title>
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   <published>2008-04-09T00:51:07Z</published>
   <updated>2008-04-09T00:53:16Z</updated>
   
   <summary> 　海外の話が続きますが、２月にハワイで講演会があり、社員旅行もかねて全員で行っ...</summary>
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      <![CDATA[<img alt="0411shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0411shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　海外の話が続きますが、２月にハワイで講演会があり、社員旅行もかねて全員で行ってまいりました。ハワイは７年ぶりでした。「アラモアナショッピングセンターとホテルのプールをうろうろ」しか経験のなかった私ですが、今回は新しいことにチャレンジしてきました。
　まずは早朝５時半に集合して、ダイヤモンドヘッド登山（スタッフが行きたいと言ったので、仕方なく登ったのですが…）！　６時半くらいにきれいなオレンジ色の朝日が海の向こうに顔を出したとき、なんだか感動して心が震えました。
　朝日を堪能して興奮したまま、その足で今度は「ヒーリングツアー」に参加し、オアフ島に全部で６カ所あるヒーリングスポットに行ってきました。昔ハワイの人たちが精神の浄化を行うことで、苦しみ、後悔を解放して豊かな気持ちを取り戻したというヒーリングプール、王族のお産場所だったという苦しみをやわらげるバースストーンなどがありました。]]>
      　そんなマニアックなツアーに参加しているのは我々しかいないし、その場所も私たちの貸し切り状態でした（そもそもそのツアーを日本語でやっているのも一社だけ）。だから、私たちだけでその場所をうろうろし、不思議なこげ茶色の石らを見て触って体感したのです。それはとても「あったかい石」でした。私には霊能力という特別なものがなく、「この石からはエネルギーが出ていますよ」と言えるようなセンスもないのですが、やっぱり、そこには何かありました。でね、その“何か”をどうしたって言葉で説明できないので、今とってももどかしいのです。
　このツアーを紹介してくれた知人からは、「興味のない人から見ればただの石だったりするので、退屈かも…」と言われ、正直心配していたのですが、参加したスタッフ全員、今までになく顔が高揚しているのです。わざわざシティの連載でこれを書くのは、もちろん読んでいる人に、いつかハワイに行くことがあったらぜひそのツアーに参加して、あの石に触れて、体感してもらいたいなぁと思ったからです。なんだかすっと心が楽になれます、少なくとも私はそうでした。

　やっぱり、なんでも体験なのですよね。自分の目で、手で実感することに意味があるのです。バーチャルな世の中にどんどん進んでいますが、人と人との関係もチャットだけでは無理だし、音楽だってＣＤだけよりやはりライブのほうがいい。
　私がこだわって講演を続けているのは、本だけでは伝わらないことがたくさんあるからです。経験と体験、体感することで、人は大きくなれるのだと思います。変われるのだと思います。ハワイはすぐには無理でも、やってみること、見てみることなど、まだまだ体感していないことは多そうですよね。どうせいつか死ぬのですから、たくさん体感したほうがいいですよね。生きているうちに。

　そうそう、講演には３００人もの日本人が来てくださり、大成功に終わりました。毎日昼からカクテルとビールを飲み、体重も増えていました。吸収したことはエネルギーだけでなかったみたい（笑）。
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   <title>人間関係に必要なのは、見返りを求めない親切心</title>
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   <published>2008-03-26T00:13:34Z</published>
   <updated>2008-03-26T00:22:29Z</updated>
   
   <summary> 　去年の年末にこっそりインドネシアのほうに旅行に行ってきました。 　アジア方面...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0328shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0328shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　去年の年末にこっそりインドネシアのほうに旅行に行ってきました。
　アジア方面に行くと、たくましさを感じます。そのたくましさというのは、「なんでも売るぞ」というやみくもな営業力なのですが、それくらいの勇気があれば、日本でいうところの飛び込み営業なんてどんどん数だけはこなせるのだろうなと、ついつい営業コンサルタントの顔になってながめてしまうのです。
　空港に着くと、目の鋭いちょっと怖めの現地の人が、すばやく私のところまで寄ってきて、「両替ですか？」と聞くのです。誰かに声をかけてもらうと、ついつい反射的に笑ってしまう私は笑顔で、「へっ？」と聞いたのですが、その人たちは私のスーツケースを、頼みもしないのに両替コーナーに運んでくれたのです。彼らはほんの10メートル転がしただけで、「お金、お金、５ドルください」と言って、当たり前のように手を出しました。「えっ、５ドルって何よ？」と思った私は、「そんなの頼んでないです」と言って、自分のスーツケースを持ってその場を立ち去りましたが、そのときの相手の残念そうな顔を見て、なんだか私が悪いのかしらと、複雑な心境になってしまったのでした（笑）。]]>
      　そんな営業スタイルは、きっと国の経済を反映していたりもするのですが、そんなことがたびたびあると、すべての人の親切を無償でなく有料なのかと警戒してしまい、すべての人がそうじゃないのに「今あなたはやさしいけれど、そのやさしさには裏がありますか？」と疑ってしまう自分に反省したりしてしまいました。
　確かに人間が生きていくためにはお金が必要で、そのために何かを提供して、対価としてお金をもらっているのですから、欲しいものに対してお金を払うのは当たり前なのですよね。
　けれど、問題は、無料かなと思っていたら有料だったという展開。デパートの試食コーナーで思わず食べたら、そっちは商品で「それ有料ですけど…」と言われるのと同じです。先に有料だと分かって納得していることならＯＫですが、無料だと思っていたものが後で有料だと分かると、怒りとかショックとか、がっかりした気持ちでいっぱいになってしまうだけなのです。
　人間関係も同じような気がします。下心があって人に親切に近づいていき、後から「代わりにこれをしてください」と要求する人にはがっかりします。だからせめて自分は、人との関係で相手への親切においては、最初から最後までが無料でありたいと思うのです。勝手に相手からのフィードバックに期待してショックを受けるよりも、チョコレートを受け取ってもらえるだけでよかったと思えることが幸せなのですから。
　さて、こんな雑談をしているとき、相手の独身女性社長が言いました。
「私、裏があって言い寄ってきた男性でも、体目当てだったらいいわ。けどお金目当てだったら…ショックなのよね」
　切実な感じだったので、何も言えなくて苦笑いしておきました（笑）。
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   <title>好きなことから始めずに、好きになるまでやってみる</title>
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   <published>2008-03-19T00:43:08Z</published>
   <updated>2008-03-19T00:47:32Z</updated>
   
   <summary> 　実は最近、自分がどれくらい一カ月に文章を書いているのか考えてみたのです。毎週...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0321shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0321shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　実は最近、自分がどれくらい一カ月に文章を書いているのか考えてみたのです。毎週金曜にメルマガ（身体に染み込む陽転思考―「あ」からはじまる成功キーワード）が４本と、平日毎日、携帯に届くメルマガ（わくわく強運メルマガ）が20本、法人様向けサービス情報が１本、日経アソシエの連載（隔週）が２本、そしてこちらのシティリビングが３本（去年までは４本でした）。そこに毎日更新するブログと、定期的に書く書籍が入ってくるのですが、いやぁ、数えてみると30本くらいの原稿と、さらにブログと本を書いていたのです！
　私はほかに講演も会社の仕事もあり、本業が執筆ということではないので、この多さには自分でも驚いてしまいました。けれど、ときにそれが睡眠時間を著しく奪ったり、休みの日を奪ったりすることが多々あっても、「うげー締め切りがーー」とうなっていても、いつのまにか私はこの「書く」という作業が、自分のライフワークの一種のように楽しめるようになっていたのです。]]>
      　私の場合はいつもそうなのですが、ＯＬのときアパレルの会社で、在庫室で一人寂しく在庫の商品に埋もれて仕事をしていたとき（詳しくは私の著書「運命の仕事に出会う本」で書いています）も、仕方なくやっていたことが頑張って続けていくうちに楽しいことに変化したし、営業も最初は嫌いで結果も出なくて、何度も辞めようと思いながらも、なんとか目の前のこと、ひとつひとつに立ち向かって続けて乗り越えたら、どんどん楽しくなって結果も出ました。
　そして今も同じです。好きなことから始めたのではなく、好きになるまでやってきたのが私の人生です。
　だからね、今、目の前の状況があんまりよくない場合でも落ち込む必要はないのです。
　こんなふうに思ってください。映画があります。その主人公は自分です。恋人に振られお金をなくして会社をくびになってという、いまが人生最悪のような状況だったとします。そのシーン、映画のラストシーンにしますか？　それともオープニングにしますか？
　当然オープニングですよね？　そこからはじまる本当の物語はハッピーエンドのお話です。
　私は、前に進んだら、すべてが好きになりました。
　今は未来に続きます。今からよくなっていくために、前に進むのですよね。

　さて、実はこの「しあわせレシピ」ですが、あと４回で千秋楽を迎えます。
　今さらながら書きつくせなかったことも山のようにありますが、最後にこれを書いて！というご要望などあれば、ぜひお送りください。もし、全部にお答えできなかったとしても、毎日更新しているブログでお答えしていこうかと思っています。「和田裕美　ブログ」で検索してもらうと出てきますので、ぜひ遊びにきてくださいませ。
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   <title>「求める前に与えよ」　100回続いたことに感謝</title>
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   <published>2008-03-12T00:24:36Z</published>
   <updated>2008-03-12T00:26:21Z</updated>
   
   <summary> 　今回はうれしい報告があります。この「しあわせレシピ」が連載100回を達成しま...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0314shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0314shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　今回はうれしい報告があります。この「しあわせレシピ」が連載100回を達成しました！
　２年と３カ月で、一回の文字数が約1200字くらいだとして、12万字をここに掲載させていただいたことになります。100回です…（しばし、感慨無量…）。
　さて、私がサザエさんと比べたら比較にならない、100回程度の数でなぜもこんなに感動しているのかというと、物を書くという作業は、とにかく私にとっては孤独な作業だからです。
　書いているときは当然一人なのですが、書きあがっても、「あんな内容でよかったかなぁ」と心配したり、紙面になっても、いったい何人が読んでくださっているのか分からない、いったいどれくらいの人に届いたのか分からない、そういう孤独があるのです。だからたまに、何を書いたらいいのか分からないというスランプに落ちたりします。]]>
      　けれど、たまにブログのコメントや、セミナーにいらしてくださった方などから「シティ読んでます！　しあわせレシピが一番楽しみです」とか言われると、とにかくうれしくて幸せで、そこではじめて「ほっ」と安堵（ど）するのです。
　そう、評価をもらえて、やっと達成感と安堵感が生まれるのですよね。
　でも、これってどんな仕事でも言えることではありませんか？
　企画書を書いても上司が読んだかどうか分からない。２、３日待っても何にも反応がないので、勇気を持って「あの、企画書どうでしたか？」と聞いてみたら
「あれ、まだ見てない」と言われたら？　それとも「ああ、見たよ」だけだったら？
　企画書を作成し提出する作業だけでは、本物の達成感も安堵感もありません。やはり上司や誰かがすぐにそれを見てくれて、「ああ、素晴らしいね、本当によくできていたよ、ありがとう」と言ってくれたときに、「ほっ、よかった」とうれしい気持ちになれるのです。人からの反応が孤独を消してくれるのですよね。
　しかし、人は自分が相手には「こうしてほしい」と求めたことを、相手になかなかそうできていないみたいです。
　私も前述した「書くときの孤独」を分かっているはずなのに、大好きな浅田次郎さんの連載を読んでも、毎回「よかったですよ」とメールを送ったりしていないし、手紙で毎回感想を書いたりもしていないのです。
　人に声をかけてもらえないと悲しいけれど、人に声をかけるときは恥ずかしいと思ってしまう。「ありがとう」と言ってもらえないとがっかりするくせに、「ありがとう」を言わないでも伝わっていると勝手に思ってしまう。褒めてもらいたいのに、相手をそんなに褒めていない。
　いつも思います。「求める前に与えよ」だなって（できていないけど）。それができたら、もっともっと自分に返ってくるということも。
　ということで、100回も継続できたのは、きっと読んでくださった皆さんの支えがあったからこそだと思います。本当に私のつたない文章にお付き合いくださいましてありがとうございます。
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   <title>人の死に直面して気付く、“生きている”という実感</title>
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   <published>2008-02-27T00:28:24Z</published>
   <updated>2008-02-27T00:45:04Z</updated>
   
   <summary> 　子供のころ、自分の大好きな人が先に死んでいってしまうことなんて想像もしなかっ...</summary>
   <author>
      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0301shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0301shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　子供のころ、自分の大好きな人が先に死んでいってしまうことなんて想像もしなかったけれど、年をとると、死を受け止める回数がどんどん多くなります。
　人はそうやって、自分も死に向き合う準備をしているのでしょうか？
　家族という形は、誰かが生まれて、誰かが死んで、入れ替わりをしているのですよね。私が生まれたころに生きていた人が、今はこの世にもういません。でも、私が大学生だったころにはこの世にいなかったおいっ子が、今では高校受験です。増えたり減ったりするのが家族ですね。
　私は、今までに４回ほど人の骨を拾いましたが、いつか私の骨を拾ってくれる人がいるのでしょうか？　遠くにあるような気がする死も、本当はすごく近くにあるのだと、人の死が身近にやってくるとあらためて気付くのです。]]>
      <![CDATA[　私のおばあちゃんは、自分の子供（私の母）が先にいなくなって、おじいちゃんも先にいなくなって、若いころふさふさしていた黒髪は白くなって、元気だった足腰が弱くなって、しまいには歩けなくなって、言葉が話せなくなって、視力がどんどんなくなって、私を認識できなくなって、どんどん失っていったけれど、命を失うことがなければ、ほかの何を失っても生きてきた。そうして生きているおばあちゃんの心には、生きてきた思い出だけが宝物のように残っていて、どんどん心だけが若くなっていきました。
　お見舞いに行くと、おばあちゃんは「よしおさん？」と、お付き合いしていた当時の呼び方で、おじいちゃんを呼びました。そこにいないおじいちゃんを呼んでいたのです。失いながら若くなる…おばあちゃんが最後に教えてくれたことです。

　さて、私は仕事でよく飛行機に乗るのですが、あまりマイナスなことを考えない私でも、「落ちて死んだら…」とふと考えてしまうことがあります。それは「落ちたらどうしよう」という不安ではなく。
　万が一落ちたら…
<blockquote>ああ、保険の受け取り名義を変更していなかった。ひそかに買っている（少額ですが…）、海外のファンドのこと誰か見つけることができるかなぁ。言っておけばよかった。死んでからベストセラーになったら、出版社さんは「和田さん、なんで死んだの？」と泣きながらも、本が売れたからうれしくて複雑だったりするかなぁ？　いや、「和田さんには悪いけれど、和田さんの死によってこの本が売れたので社員には臨時ボーナスがあります」「わぁ、ばんざーい」となるのかしら？　そうか…さみしいなぁ…</blockquote>
とか想像したりして（笑）。
　そう思えば思うほどに「なんか死ねないわ」と当たり前ですが思い、なんだかもっとがんばろうと思えたりするのです。
　「インターネットを通じて知り合った人が集団で自殺する事件が起きている。一方で中高年の自殺も増加している。死ぬ人を直接見る機会が少なくなり、死のリアリティーが希薄になっている」とコメントする見識者の方も多くなった世の中に生きている私たち。死に直面することができるからこそ、生きている実感がわくのですよね。]]>
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   <title>「もっと話を聞きたい」　人の死がもたらす後悔</title>
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   <published>2008-02-20T00:56:14Z</published>
   <updated>2008-02-20T00:57:29Z</updated>
   
   <summary> 　実は先日、私の祖母がなくなりました。87歳でした。長生きされて…と思われるか...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.citywave.com/shiawase/">
      <![CDATA[<img alt="0222shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0222shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　実は先日、私の祖母がなくなりました。87歳でした。長生きされて…と思われるかもしれませんが、最後はベッドで寝たきりの10年間でした。６年前くらいから本格的にぼけてしまい、私がお見舞いに行っても、私だと認識していなかったとも思います。
　祖母は日本の統治下にあった時代の台湾で生まれ育った人です。そこで祖父とお見合い結婚をして、母と叔母が生まれたのです。その後、祖父は戦争に行きましたが生きて帰ることができ、台湾が中華民国に返還されるときに一家で日本に引き揚げてきたそうです。戦争中は、恐ろしい空襲にあうこともなかったと思いますが、戦後の引き揚げのときは、狭い船底で幼い子供（１歳と３歳）を抱え、嵐が来ると何度も「ここで死ぬのか」と思ったそうです。日本に上陸してからも、食べるものもなく飢えと闘いながらも、かなり苦労したようです。]]>
      　祖母に限らず、その時代の人は、今日生きることや、今日食べることが一番の目的で生きていて、ほかのことは悩みにもならなかったと思います。今の私たちのように、会社で嫌な先輩がいるとか、恋人が浮気したとか、３キロ太ったという問題を抱えることもなかったのです。
　だって、人は生きていけるという保証があるからこそ、食べられるという確信があるからこそ、その次に欲しいものができるのであって、もし、今食べることができなくなったら、会社で苦手な先輩のことを考える余裕もなくなってしまいます。今、私たちが抱える小さな不満や問題は、ほかのことが満たされているから起こることだと思います。私はいつも、昔の人の想像を絶する苦労とか悲しみに触れたときに、今の自分の問題のちっぽけさを感じてしまいます（それでも問題はなくなりませんが…）。
　共稼ぎの両親だったせいもあり、私はとにかくおばあちゃんっ子でした。彼女は今の私がこういう性格でこういう生き方をしていることにも、大きな影響を与えてくれた人なのです。いつも元気に大きな口をあけて笑っていました。食べることに苦労したせいか、「おいしいものをたくさん食べてね」と、とにかく人に食べさせるのが好きでした。暑い夏には寝苦しいだろうと、眠るまでうちわであおいでくれました。夏休みもクリスマスもお正月も、両親とではなく祖父母と姉とで過ごしました。そこには、家族という形がいつもありました。
　私はそこでたくさんのことを学びましたが、今の私が知らない時代に生きた人から学んだことは、何冊の本を読むよりも大きな知識だと思います。もっと話を聞いておきたかったと思います。いつだって、人の死は生きて残った人になんらかの「後悔」を残します。それが感謝に代わるまでに49日かかるのかもしれません。
　けれど、私は思うのです。生きている私たちは「もっとこうしてあげたらよかった」と思うけれど、死んだおばあちゃんは、天国でおじいちゃんと私の母に出会って、もっと幸せになったと思うのです。後悔することもなく。そしてそれをちょっとうらやましいとも思うのです。
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   <title>自分の“好き”も、相手の“好き”も受け入れる</title>
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   <published>2008-02-13T00:15:02Z</published>
   <updated>2008-02-13T00:15:03Z</updated>
   
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      <![CDATA[<img alt="0215shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0215shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　私は仕事柄いろいろな人に出会います。私が出会うのは同業であるビジネス書著者や出版関係の方、経営者、メディアの方などが多いのですが、その人たちと話していると「ああ、私って知らないことが多いなぁ、やばいなぁ」と思うことが多々あります。自分がいかに小さい世界の中で生きているかを痛感するのです。
　私はそういう人たちに会えば必ず刺激を受けて、「勉強するべ」と単純に奮起し、新しい分野の本を買って読んだりして新しい知識獲得に挑戦したりもするのです。
　しかし、私はやっぱり私なので、いつのまにかそれらを机の端に積み上げて見て見ぬふりをし、「知識もいいけど感性よね」と言い訳して自己正当化しながら、自分の興味のあることばかりに没頭していってしまうのです。]]>
      　さて、とうとうその積み上げられた本の山を見て見ぬふりをするにも限界が来ると、私は姉が来たときに「おねえちゃん、これ読んでみたら？　子供が興味持つかもよ」と押し付けています（特に私はＩＴ系の本が苦手です、私はアナログなのです）。
　先日、あるＩＴ系の雑誌の取材を受けたときに、その雑誌の編集の方に、「やっぱり、ＩＴ機器とか最新のものとかってお好きなのですよね？」と聞いてみました。
「そうですね。大好きです」
「そうしたらオーディオも？」
「そうですね。いや、僕は秋葉原に行くとわくわくするんですよ。ビックカメラやヨドバシ（カメラ）には１日いてもまったく飽きないんです。家電も好きで、洗濯機なんかでも最新の機能などを比較して楽しんでいるんです」
「へぇ１日ですか…」
「いや、１日でも足りないくらいです。本当に見るだけで楽しいのです。量販店は僕にとってのディズニーランドです」
「ほう…」（感心して言葉も出ない）
　人には人の価値観があるのですよね。私の場合、家電などであっても、量販店に行くのさえ面倒くさくて、いまだにずっと前に買った電子レンジを使っていたりして、最近の新しい電子レンジに友人宅などで出くわすと、「こんな近代的なものがあったのか!?」とカルチャーショックを受けてしまうほどです。
　けれど私にも得意分野はあって、「神社」の話になると主役になれることが多い（笑）。きっと相手から見れば、私が「よく、ビックカメラに１日もいられるなぁ」と相手に不思議を感じるのと同じように、相手も「よく休みに神社ばっかり行けるなぁ」と思われているはずです。
　自分の好きなことと相手が好きなことが違って当たり前なのだと思います。だから、人間関係はバランスをとっているのだと思います。
　幸せなことって、自分の好きなことを認めて、ほかの人が好きなことも受け入れて、それでいて比較して焦ったり無理しないことなのだと思います。そして、おまけとして、ときに刺激を受けて新しいことをやってみて、好きになることもあるのです。
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   <title>素直になることで、メッセージをキャッチ</title>
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   <published>2008-02-06T00:22:48Z</published>
   <updated>2008-02-06T00:30:04Z</updated>
   
   <summary> 　素直になっていなかったり、頭でっかちだったりすると、前回からお話ししている、...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0208shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0208shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　素直になっていなかったり、頭でっかちだったりすると、前回からお話ししている、都合のいい考え方とか、「幸せな感じ」とかを、なかなか取り入れることができません。
　素直になっていなかったり、頭でっかちだったりしている人は、絶対に自分がそうだとは全然気が付いていなくて、「私は受け入れようとしていますし、そういうのも分かっています」と言うのです。]]>
      「じゃ、受け入れたら」
「それはできないのです」
「なんで？」
「だって、今回は状況が違うのです」
「状況？　どんな？」
「とにかく、そう簡単にはできません」
「そうですか。それは仕方ないですね。そのままでいてください」
「でも、それは嫌なんです」
「ぎょっ！」
　これって、メビウスの帯状態、もしくはクラインの壺状態です。表から入って裏から出て、また表から、裏へ…。
　そう、頑固になっていることに気が付かないときは、いっとき素直になりそうで、すぐに頑固になって、というのを繰り返してしまうので、複雑になりやすく、気が付かないみたいなのです。
　けどね、どんな状況でも同じなのです。そこから、メッセージを探して、どうにか自分で陽転してほしいのです。だって、幸せになってほしいですもん。
　もし、このコラムを読んでいる人が私を嫌いな人だったら、「何言ってんの、この人」となるので、ここはもう和田裕美も忘れて、ただ「自分へのメッセージだわ」と思ってください。
　本当に本当に、陽転思考で「幸せな感じ」を都合よく見つけていれば、すごく運がよくなるし、幸せになれるから、やってみてくださいね。
　私は先日、伊香保へ出張にいく新幹線で書類を見るのに熱中していて、「高崎」で降りるところを、間違えて「熊谷」で降りてしまったのです。まぁ、なんとか次の新幹線に乗って、講演には間に合いましたが、同行のスタッフにも現地の方にもすごく心配させてしまいました。
　そして、同じ日の夜に、会食があったのですが、そこのレストランに行くまでに、大切な帽子をなくしてしまったのです。そう、朝から私は注意散漫で、「お前気をつけろよ」って言われていた日だったのです。
　本当はもっと大きな事故などに遭遇していたかもしれない日。そこで私の帽子君が身代わりになって、難を逃れたのだと思うのです。よく考えたら「散々なドジな日」で終わるのですが、もっとよく考えたら、「すごく救われた日」だったと思っています。
　ありがとう、上越新幹線の８号車。ありがとう、私のお気に入りのオフホワイトの帽子さん。
　ああ、本当は帽子…、ショックだったんですけどね。ふふ、ふ…（さみしく笑）。

※「和田式 人に好かれる話し方教室」では、現在無料モニターを募集中です。希望者は右上をチェックして
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   <title>物事の意味を考えると、なんだか幸せな感じに</title>
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   <published>2008-01-30T00:12:11Z</published>
   <updated>2008-01-30T00:30:03Z</updated>
   
   <summary> 　先日、ラジオのコーナーでこんな話をしました。 「和田さん、安田と申します。仕...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0201shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0201shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　先日、ラジオのコーナーでこんな話をしました。
「和田さん、安田と申します。仕事を必死で頑張っていたら、周りの人に嫌われて、上司に、おまえの態度にみんなが困っている、出すぎのようだから、ちょっと仕事のありかたを考えなさい、って言われたのです。私はお客さんのために仕事を必死でやってきたので、すごいショックで、自分のやっていたことが受け入れてもらっていなくて嫌われ、上司も分かってくれなくて、つらくてつらくて」
「ほう、ほう、それは大変だったですね」
「そうなんです。それで、もう会社を辞めようと思って、もう転職活動もしていて、ちょうど前からほかにやってみたいこともあって、辞める決心もついたのです。けれど、本当につらいです」
「そうか…。でもよかったですよね。うん、よかったんですよ」
「えっ？」]]>
      「だって、そのおかげで辞める決心がついて、転職活動しているし…」
「はい…」
「私は職場の様子を見ていないし、上司の言い方や性格も知らないし、上司に言いつけた人の言い方や表現に誤解を招くような大げさなものがあったのかどうかも分からないのですね。けど、そういう状況でも仕事を頑張って続けた安田さんはえらいし、すばらしい。そこで強さを勉強できたのです。さらに相手がそう思ったということは、自分にも何かちょっとでも、非はあったはずです。言い方がきつくなっていなかったか？　自分がえらそうになっていなかったか？　自分の思うようにことが進まなかったら怒ったり、怒ってなくても顔に嫌そうな表情が出なかったか？　振り返ってさらに学びます。そして、その原因は最後に、次のチャンスに動ける動機になってくれたのです。わぁ、いいじゃないですか！　一度で３回もおいしいのです。だから、よかったですねって言ったのです。ちょっとこじつけましたかね（笑）」
「いえ、私もそう思えてきました。ありがとうございます」
「それに、いつまでもほかのチャンスに向かっていこうとしない安田さんに業を煮やした神様が、そういう状況にさせて背中を押してくださったと思えばいいのです。神様が上司の口を借りて安田さんが辞めたくなるような話をさせたのです。そう思うと、なんだかね、もっとうれしいし、幸せな感じになりませんか？」
「幸せな感じ…ですか？」
「そう、今の状況はまだ“おお幸せだ！　転職成功だ！”という結果にはなっていないけど、まだつらい現場にいるかもしれないけど、なんか幸せな感じがじわじわってやってくるのですよ」
「そうですね、うん、なんかじわじわと…幸せな感じです」
　そんな会話をしていたら、私も幸せな感じになれました。
　物事にはたくさん意味があります。自分にとって都合のいい意味ばかりです。その意味を知って、自分にたくさんの「幸せな感じ」が舞い降りてくると、とっても運気も向上していきます。
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   <title>都合のいい幸せ思考で“いい感じ”の人生を！</title>
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   <published>2008-01-16T00:18:59Z</published>
   <updated>2008-01-16T00:30:03Z</updated>
   
   <summary> 　2008年になりましたね。この｢しあわせレシピ｣も今年はじめての原稿になりま...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="0118shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/0118shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　2008年になりましたね。この｢しあわせレシピ｣も今年はじめての原稿になります。みなさん、今年もよろしくお願いします。
　うん？この連載も３年目ってことかな？　もうすぐ連載100回目ですからほぼ２年たったのですね。
　最初は半年ということでスタートしたのです。途中、ほかの仕事との兼ね合いで、原稿をなかなか書けなくて、「もう私には連載を続けるのは無理かも」と真剣に悩み、連載をあきらめそうになったこと数回…。
　けれど、そのたびにタイミングよく、サイン会や私の会社が運営している「人に好かれる話し方教室」などで、「シティリビングで和田さんのことを知って、本を読むようになりました！」と言ってくださる人に遭遇するんです。そのタイミングっていえば、もうすごい絶妙なタイミングなんです。
　そのたびに「ああ、こうやって人とちゃんとつながっているのだな。もうちょっと頑張ろう」とまた前に進めるのです。]]>
      　私はいつでも（この紙面でも何度となく）言っているように、「陽転思考」で生きるように努力しているので、なんでもかんでも自分にとってそれが「幸せ」であると解釈するような習慣があります。
　だから、そんなタイミングでシティの読者さんに出会うなんて、それって、きっと神様が「お前、逃げたらあかんぜよ。もっと続けて、もっと継続力をつけるのじゃ」と私に言ってるに違いない。うん、きっとそうだ。ああ、神様ありがとう。メッセージ受け取りました。ありがとう、神様、ありがとう、読者様、という考えになるのです。
　けれど例えば、シティの担当の人が、「あの、和田さん、もうそろそろ飽きてきたし、連載終わりましょうか？」と切られたら（笑）、私はまた都合よく解釈して、私は今ほかのことも忙しくなっているし、そんなタイミングで「終わり」を宣告されるなんて、きっと意味があるんだ。それってもしかしたら神様が、「お前、よく頑張ったな。そろそろ違う方面に全力を注ぎなさい。お前から辞めると言えないだろうから、そのようにしむけといたのじゃ」と言ってくれているんだ。うん、そうだ、きっとそういうメッセージなんだ。ありがとう、神様、ありがとう、担当様、となるのです。
　えっ？　能天気って？　「何言ってんの？　それって都合いいだけじゃん」って？
　確かに…そう思われてしまうかもしれません。
　けど、私はたとえそう思われても、「うん、私は確かに自分の都合のいいように考える人間です。けど、私は“幸せな感じ”を感じたいのだもん。それでいいのだもーん」と開き直って、さらに、都合よく考えるように生きているのです（笑）。
　今年も皆さん、いろいろなことがありそうだけど、皆さんもこの「幸せな感じ」を感じるために、いっそ都合よく「自分のための幸せメッセージ」としてしまいましょー。きっと、いい感じな人生になりますよ。
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   <title>情報や知識が増えても、謙虚さを忘れないこと</title>
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   <published>2007-12-12T00:01:35Z</published>
   <updated>2007-12-12T00:30:04Z</updated>
   
   <summary> 　最近はネットで新聞を読むという人も多いようですね。ネットで公開されている本も...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="1214shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/1214shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　最近はネットで新聞を読むという人も多いようですね。ネットで公開されている本もあるし、要は無料で手に入る情報が多いのです。そのほうが手っ取り早いし便利だから、当然ですよね。ところが先日、「大人の脳トレ」で有名な川島先生のコラムを読んでいたらドキッとする記事がありました。人間の脳の中にある前頭前野（考える、創造する、行動の制御、我慢、意欲や集中力、言葉を使ったコミュニケーションなど人間らしいことすべてをつかさどる脳らしい）は、パソコンや携帯で記事を読んだり文字を書いても、あまり働かないようなのです。けれど実際に本を読んだり（特に音読）、文字を書いたりすると、その前頭前野の部分は真っ赤になり、すごく働くそうです。そう、これってボケ＊h止なのですよー！]]>
      <![CDATA[　では本でも読んで…となるのですが、最近は本がやたらと多くて、本屋さんに行っていろいろ見てしまうと、欲が出て、いっぱい読んだほうがいいのかと焦ってしまうのです。けど無理ですよね。だから、私は全部の情報を取り入れるのはさっとあきらめて、「情報は量でなく質だ」と開き直っています。行間にある意味をじっくり感じながら読んだほうがいい場合もあるはずです。効率よくたくさんの箱を組み立て、どんどんこなすやり方もあってもいいけど、時間がかかっても一個一個丁寧に組み立てる作業も必要かなと、私は思っています。
　あと、私は思うのですが、すごく情報をたくさん持っている人が人間的に同じくらい器が大きいかはあまり関係ないと思います。だって、「あれ、こんなことも知らないの？」という態度をされたり、専門用語ばかり使う人と一緒にいるとすごく疲れるのです。
　このように情報や知識が多い人が、必ずしも自分にとって「いい人」という構図は絶対に成り立ちません。映画を見て感動して泣ける人、人に感謝できる人、ちゃんと人の話を素直に聞ける人のほうが、人間的に魅力的なのです。

　実は私、英語教員免許を持っています。大学のとき教育実習に行って取得しました（とにかく単位を取っただけのことで、英語がずば抜けてできたわけではありません）。実習に行ったとき思ったのです。英語の知識があっても、すごく英語ができても、嫌いな先生は嫌いだったし、その人の話は聞かなかったなぁと。
　私は、人格者ではないから、英語を教えることが万が一できたとしても、人を教えることなんて到底できないなと思ったのです。先生にならなくて本当によかったと思っています。

　さて、たくさん情報を入れて勉強すると、「分かりません、教えてください」という回数が少なくなります。でも、情報だけを知っていても、経験してないことが多いので、やはりそこは謙虚に、「一応本は読みましたが、実際にやっていないのですべてを理解していません。教えてください」と言ったほうがかわいいと思います。
　私はかわいい謙虚な人のほうが緊張せずに付き合えます。で、そんな人のほうが、好きです。

<span style="color:#993300;">※次回は2008年１月16日に更新予定です</span>]]>
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   <title>あふれる情報を吟味し、目的に合わせてキャッチ</title>
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   <published>2007-12-05T00:25:44Z</published>
   <updated>2007-12-05T00:30:03Z</updated>
   
   <summary> 　さて、私はもともと勉強はそんなに好きなほうではありません。けれどこんな情報社...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="1207shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/1207shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　さて、私はもともと勉強はそんなに好きなほうではありません。けれどこんな情報社会の中で生きていくためには、なんとか人並みに知識を増やすことができないかと考えることはあるのです。
　私の場合は、基本が陽転思考なので、どうすればそれに興味を持てるか、どんな見方をすればそれが好きになれるか、というふうにモチベーションをそこに向かわせる作業が、何をとっても一番大事なような気がしています。自分が必要としている情報が書いてあると思って、新聞を読むと頭に入ってくるのです。
　でも、人が読んでいるからとか、人がやっているからとかで、なんとなく流されて読もうとすると、全然頭に入らず、さらに、残らない（笑）。きっと頭のよい人にはわからない現象でしょうが、私の場合は、そうなってしまうのです。]]>
      　情報が多いので、たまには入ってくる情報に流されてみることもいいかと思いますが、表面に出ている情報ってマスコミが取り上げたことがほとんどだから、仕込まれたことに踊らされていることもしばしばあるし、自分が本当にそうしたいか、それを知りたいし見たいのかを、ちゃんと吟味してから流されてみないと、時間がいくらあっても足りないです（お金も）。脳みそのキャパも足りないのです。

　本を読むときも新聞を読むときも、ひとつの情報として自分に入れて、そのあと「知っておいたほうがいいこと」「知っておかないと恥ずかしいこと」「知ってはいるけど自分にはあまり（今は）関係ないこと」と、ちょっと仕切りをつけておくと、頭がちょっと整理できるし、冷静になれば、わざわざ時間を作って、クリスピー・クリーム・ドーナツに並ばなくてもまぁいいかと、焦りが消えて非常に楽です（笑）。
　私は新聞も読んでいますが、全部は到底読めません。本もたくさん読みますが、途中で「これはまぁいいか…」と投げ出す本もたくさんあります。
　けれど、ちょっとでも興味を持って、それで資格を絶対取りたいとか、仕事でお客さんに伝えてあげたいとか、目的を明確にすると、その記事だけが目に飛び込んできたり、その個所だけが本から浮かびあがってくるものなのです。そうなると読んでいて楽しくなってくることもあり、私はそうやって吟味したり、目的を探したりして情報を得ているのです。

　ただし、知っておかないとちょっと恥ずかしい情報もありますね。
　私は家ではテレビも見ます。けれど、原稿を書きながら、流して聞いていることも多いので、あまり画面を見ていません。
　先日、例の政治家接待事件のニュースを流して聞いていたときに、「山田洋行」が「山本陽子」に聞こえてしまい、私の中でそのニュースは、政治家と女優さんのスキャンダルに発展していました（笑）。
　間違って覚えることだけは危険です。はっきり言って知らないよりも恥ずかしいかもしれません（笑）。
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   <title>“忘れる”ことが大事なときもある</title>
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   <published>2007-11-28T00:29:21Z</published>
   <updated>2007-11-28T00:43:47Z</updated>
   
   <summary> 　私はすぐものを忘れたりなくしたりするほうです。去年は一年で３回も財布を紛失し...</summary>
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      <name>MIYAKI</name>
      
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      <![CDATA[<img alt="1130shiawase.jpg" src="http://www.citywave.com/shiawase/upload_data/1130shiawase.jpg" width="150" height="190" />
　私はすぐものを忘れたりなくしたりするほうです。去年は一年で３回も財布を紛失し、携帯をタクシーに置き忘れたのは５回以上あったと思います。手に本を持っているときもそのままどこかに置いてきたり、買ったばかりのものを紙袋ごと駅のホームに置き去りにすることもよくありました。そういうことが頻繁にあると、自分が情けなくなり、病院にいって脳を調べてもらったほうがいいのかなと本気で心配したりしていたんです（笑）。]]>
      　ところが、みなさん、聞いてください。それがどうやら治ったのです〜。今年ももう12月、早かったなぁと振り返っていてふと、あれ？今年は物忘れがなかったぞ、と気が付いたのです（あったとしても、途中で気付いて未然に防ぐことができていたみたい）。財布も携帯も本も帽子もたった１回もなくなりませんでした。
　ほかの人にとっては普通かもしれませんが私にとっては奇跡です！　「私も成長して注意深い人間になったのかもしれないなぁ」とかみしめて喜んでいます。

　さて、喜ぶのはつかの間です。本当に何も忘れたりなくしたりしていないか、と自問自答してみました。すると、もう１人の私が言いました。
「前に読んだ本をまた買ってきて読んでいて、それも途中まで読み進むまで気が付かなかっただろ！｣
「今年は大事なパーティに出席したときに限って名刺を忘れて、いっつも後で名刺を送ることになっただろ！｣
「テレビを見ていて、この人の名前なんだっけ？と室井滋の名前を思い出せなかっただろ！」
「それに…」
　もうそれ以上言わないでください。実は不注意や物忘れの対象が変わっただけなのです。もしくは老化でもっと忘れるようになっているのかも…（汗）。慌てても仕方ないので大きく構えてますが…。
　ただ、私は思うのです。人間であれば「忘れる」という機能は誰にでもあり、それがあるからこそ、悲しい出来事やつらい体験で感じた心の痛みも、時間をかけて癒され忘れ、学びだけを残して成長できるのだと。いつまでも悔しさや憎しみや悲しみで心がいっぱいだったら笑えません。その出来事を忘れることができなくても、そのときの強い感情を忘れることができるから、今日、笑って幸せに生きていけるのだと思うのです。
　もちろん、忘れてはいけない事件もたくさんあります。けれど、去年いじめを受けた子供も、すごいうわさを流された人も、いつのまにか周りがそれを忘れてしまい、「過去にそういうことがあったね」という程度でしか記憶になくなります。何だか都合よく正当化したものですが（笑）、「忘れる」ってすごく大事なこと（場合によっては）だと私は思っています。

　最近は本が多いですが、今年は去年より１万も多く新刊が出たそうです。情報は欲しいけれど、はっきりいって全部読めるはずがありません。確かに情報を多く得るのはすごく大事です。けれど、全部、全部と焦って追いかけると、絶対に過去の情報が脳から抜けていきます。忘れる機能はここでも活躍しますから、情報の多いこの時代、情報摂取にも工夫が必要な世の中になったのですね。
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