「もっと話を聞きたい」 人の死がもたらす後悔

実は先日、私の祖母がなくなりました。87歳でした。長生きされて…と思われるかもしれませんが、最後はベッドで寝たきりの10年間でした。6年前くらいから本格的にぼけてしまい、私がお見舞いに行っても、私だと認識していなかったとも思います。
祖母は日本の統治下にあった時代の台湾で生まれ育った人です。そこで祖父とお見合い結婚をして、母と叔母が生まれたのです。その後、祖父は戦争に行きましたが生きて帰ることができ、台湾が中華民国に返還されるときに一家で日本に引き揚げてきたそうです。戦争中は、恐ろしい空襲にあうこともなかったと思いますが、戦後の引き揚げのときは、狭い船底で幼い子供(1歳と3歳)を抱え、嵐が来ると何度も「ここで死ぬのか」と思ったそうです。日本に上陸してからも、食べるものもなく飢えと闘いながらも、かなり苦労したようです。
祖母に限らず、その時代の人は、今日生きることや、今日食べることが一番の目的で生きていて、ほかのことは悩みにもならなかったと思います。今の私たちのように、会社で嫌な先輩がいるとか、恋人が浮気したとか、3キロ太ったという問題を抱えることもなかったのです。
だって、人は生きていけるという保証があるからこそ、食べられるという確信があるからこそ、その次に欲しいものができるのであって、もし、今食べることができなくなったら、会社で苦手な先輩のことを考える余裕もなくなってしまいます。今、私たちが抱える小さな不満や問題は、ほかのことが満たされているから起こることだと思います。私はいつも、昔の人の想像を絶する苦労とか悲しみに触れたときに、今の自分の問題のちっぽけさを感じてしまいます(それでも問題はなくなりませんが…)。
共稼ぎの両親だったせいもあり、私はとにかくおばあちゃんっ子でした。彼女は今の私がこういう性格でこういう生き方をしていることにも、大きな影響を与えてくれた人なのです。いつも元気に大きな口をあけて笑っていました。食べることに苦労したせいか、「おいしいものをたくさん食べてね」と、とにかく人に食べさせるのが好きでした。暑い夏には寝苦しいだろうと、眠るまでうちわであおいでくれました。夏休みもクリスマスもお正月も、両親とではなく祖父母と姉とで過ごしました。そこには、家族という形がいつもありました。
私はそこでたくさんのことを学びましたが、今の私が知らない時代に生きた人から学んだことは、何冊の本を読むよりも大きな知識だと思います。もっと話を聞いておきたかったと思います。いつだって、人の死は生きて残った人になんらかの「後悔」を残します。それが感謝に代わるまでに49日かかるのかもしれません。
けれど、私は思うのです。生きている私たちは「もっとこうしてあげたらよかった」と思うけれど、死んだおばあちゃんは、天国でおじいちゃんと私の母に出会って、もっと幸せになったと思うのです。後悔することもなく。そしてそれをちょっとうらやましいとも思うのです。
▼このエントリーへのコメント
初めてコメントいたします。
今日のこの記事を見て、共感できる部分がとても多くあり、そして読み終わった後に幸せな気持ちになっているので、コメントさせていただきます。
私も、3年前に88歳の祖母を亡くしました。私は周りのように大学を卒業して就職、というコースを進まず、自宅で2年間寝たきりの祖母の介護をしていました。
それは、介護をする母の負担を軽くするのももちろんですが、なにより、祖母の側にいたかったからです。祖母と同じ時間を過ごしたかったからです。
また、私もおじいちゃん、おばあちゃん子でした。今でも、両親に育ての親はもう他界しました、と言うくらい(笑)
祖母も、寝たきりと認知症になってから、私しかわからないようで、私が話しかけると機嫌がよくなったり、返事を返してくれたり…とても嬉しかったのを覚えています。
私は年の離れた末っ子ということもあり、元気な祖父母と過ごす時間は他の兄妹と比べるとあまり長くはありませんでした。それなので、祖父母が元気で記憶のある時にもっと話したり、体験談を聞いたり、一緒に買い物をしたり、旅行をしたり…当たり前のことですが、そういう時間をたくさん取りたかったと思います。時間がなくてかまってあげられなかったりしたことも含めて、とても後悔しています。
でも、送り出してあげるとき、私も、天国に祖母の母や祖父が、祖母のことを待っててくれる、きっと会える、と思い、「いってらっしゃい」という言葉が自然に出てきました。
別れは寂しくて苦しいことですが、そう思うと別れも違ったものになりました。
何より、自分の心の中にいてくれると思えば、いつでも会えます。
今、この自分がいるのも、もちろん両親のおかげもありますが、祖父母の影響がとても大きく感じられます。
今の時代、核家族がほとんどですが(私が中学の時祖父母と暮らしているのが、クラスで私1人、でした)、祖父母と暮らすことがどんなに大切なことか、とても大事な時間を過ごすことができない今の子ども達がかわいそうに感じられます。
私にとってとても大切な時間、大事にしたいです。
はじめて投稿します。この記事を読ん出る最中でなんだか感動してしまい目が潤んでしまいました。。。本当に今の世の中食べ物があるのもあたりまえで、何不自由のない生活を送ってるのに、たわいもないことで、悩んでる、そんな自分に気づかされました。「人は生きていけるという保証があるからこそ、食べられるという確信があるからこそ、その次に欲しいものができるのであって、もし、今食べることができなくなったら、会社で苦手な先輩のことを考える余裕もなくなってしまいます。」というくだりは本当に感動しましたし、忘れてはいけないことなんだと思います。健康に生きて、生活を送れてることに感謝をしたいです。
