自分の“好き”も、相手の“好き”も受け入れる

私は仕事柄いろいろな人に出会います。私が出会うのは同業であるビジネス書著者や出版関係の方、経営者、メディアの方などが多いのですが、その人たちと話していると「ああ、私って知らないことが多いなぁ、やばいなぁ」と思うことが多々あります。自分がいかに小さい世界の中で生きているかを痛感するのです。
私はそういう人たちに会えば必ず刺激を受けて、「勉強するべ」と単純に奮起し、新しい分野の本を買って読んだりして新しい知識獲得に挑戦したりもするのです。
しかし、私はやっぱり私なので、いつのまにかそれらを机の端に積み上げて見て見ぬふりをし、「知識もいいけど感性よね」と言い訳して自己正当化しながら、自分の興味のあることばかりに没頭していってしまうのです。
さて、とうとうその積み上げられた本の山を見て見ぬふりをするにも限界が来ると、私は姉が来たときに「おねえちゃん、これ読んでみたら? 子供が興味持つかもよ」と押し付けています(特に私はIT系の本が苦手です、私はアナログなのです)。
先日、あるIT系の雑誌の取材を受けたときに、その雑誌の編集の方に、「やっぱり、IT機器とか最新のものとかってお好きなのですよね?」と聞いてみました。
「そうですね。大好きです」
「そうしたらオーディオも?」
「そうですね。いや、僕は秋葉原に行くとわくわくするんですよ。ビックカメラやヨドバシ(カメラ)には1日いてもまったく飽きないんです。家電も好きで、洗濯機なんかでも最新の機能などを比較して楽しんでいるんです」
「へぇ1日ですか…」
「いや、1日でも足りないくらいです。本当に見るだけで楽しいのです。量販店は僕にとってのディズニーランドです」
「ほう…」(感心して言葉も出ない)
人には人の価値観があるのですよね。私の場合、家電などであっても、量販店に行くのさえ面倒くさくて、いまだにずっと前に買った電子レンジを使っていたりして、最近の新しい電子レンジに友人宅などで出くわすと、「こんな近代的なものがあったのか!?」とカルチャーショックを受けてしまうほどです。
けれど私にも得意分野はあって、「神社」の話になると主役になれることが多い(笑)。きっと相手から見れば、私が「よく、ビックカメラに1日もいられるなぁ」と相手に不思議を感じるのと同じように、相手も「よく休みに神社ばっかり行けるなぁ」と思われているはずです。
自分の好きなことと相手が好きなことが違って当たり前なのだと思います。だから、人間関係はバランスをとっているのだと思います。
幸せなことって、自分の好きなことを認めて、ほかの人が好きなことも受け入れて、それでいて比較して焦ったり無理しないことなのだと思います。そして、おまけとして、ときに刺激を受けて新しいことをやってみて、好きになることもあるのです。
▼このエントリーへのコメント
ひろみさんこんばんは(^o^)゛
私はひろみさんと出逢ってから、話すときには相手の“好き”を
たくさん聞くようにしています。
相手が嬉しくなってくれて、にこにこたくさん話してくれて
私の“好き”も聞いてくれます☆
特に仕事のときは、人間関係がすーっと上手くいって
周りにもいい影響がじわーんと広がっていくような気がします^^
自分の“好き”が広がったり、相手の“好き”に加えてもらったり・・
なんか、すごーく嬉しくなります o(^-^)o
