PROFILE/昭和37年生まれ、札幌市出身。大学卒業後、昭和60年に札幌市消防局に。同局予防部予防課に配属。以降、予防課や総務課を中心に、本局、各区の消防署などを経て今年4月より現職。趣味は音楽鑑賞(洋楽)、読書、35歳のときに免許を取って始めたバイクでのツーリング。
札幌市消防局が女性職員の採用を開始したのは昭和60年。粕田かおるさんは、その年入局した女性6人の中の1人です。
6人だった同局の女性職員も現在は50人ほどに。「後輩には、最初私たちが配属されなかった、火災現場に出る勤務の人もいるんです」。
粕田さんは今年4月、豊平消防署で予防課防火推進係長に任命されました。この役職は同署で署長、2つある課の課長に次ぐ立場。同局で女性の係長が誕生したのはここと、中央消防署が初めてのことです。
昭和60年の勤務当初は“札幌初”の女性を紹介しようという新聞やテレビの取材が後を絶たなかったそう。でも外部からもてはやされても、同僚からは別だったよう。「約1800人の男性の中に女性が6人。最初はどう接してよいか分からなかったと思いますよ。言葉は悪いけれど、腫れ物に触るような。気を使われていると感じましたね」と振り返ります。
4月から豊平消防署で、火災予防の普及を目指す「予防」を担当しますが、入局後すぐに配属されたのも、札幌市消防局(以後本局)の予防部。「幼年・少年消防クラブ」や、「火災予防運動」を担当しました。「最初は一般向けの仕事が多く、市民と接するのは楽しかった。『ありがとう』と言われるとうれしかったですね」と話します。
不在の上司の仕事を代行し「大変なものだな」と…
そんな粕田さんに転機が。ある年、本局の局長秘書に異動することになったのです。「最初はすごくショックでした」。
というのも、それまで局長秘書は市の職員が担当。消防吏員(消防局の職員)がなる前例がなかったのです。でもその仕事を通じ、「トップの仕事を見ると局全体の仕事が見える。『上に立つ人ってこういうことを考えるんだ』と思い、視野を広げることができました」。でもその頃、自分が管理職になろうとは全く考えていなかったそう。経験を積み、階級が上がっても管理職への昇級試験を受けなかったと言います。
現在「消防司令」の階級の粕田さんが、それに次ぐ「消防司令補」になったのは10年以上前。「本来、司令補になって2年たてば司令の試験が受けられるんです。けれど、周りから勧められてもずっと逃げ回っていて。『お前が受けないから後輩も受けられないんだ』と、まるで戦犯呼ばわり(笑)」。ついに昨年、受験を決意。その陰には、当時いた白石消防署の上司の存在がありました。
「上司の係長が体調を壊して1年間不在になったんです。その間、係長を代行することに。やってみて『大変なものだな』と思いましたね」。そして回復した上司が復職。しかし昨年4月、再び体調を崩したその係長は帰らぬ人となったのです。
一時復職した際に、その係長は粕田さんにこう言ったそう。「俺がいない間やってくれたことだし、代理じゃなく“長”になってみたら」。粕田さんはその言葉に動かされました。「とても穏やかな人で、命令口調じゃなく優しく言ったんですね。最後にのこしてくれた言葉なので、試験を受けようと思ったんです」。そして結果は合格。4月から現職となりました。
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