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「私って、猪突(ちょとつ)猛進型なの」と笑う平塚智恵美さん。編集企画、広告制作、イベント事業などを展開する「叶多(かなた)プランニング」の代表を務めます。
同社が誕生したのは、2005年。デザインを通して北海道の環境を考えようという「エコデザインプロジェクト」をはじめ、世間が注目する企画を考え、先頭に立って実行してきました。
一生懸命やっていれば、状況は好転する
前へ進む強いパワーと、周囲を包み込む懐の深さ。そして、好奇心旺盛で少女のような一面もある平塚さん。彼女の社会人生活は、大学卒業後に入社した広告代理店からスタートしました。「当時は女性社員が全体の2割ほど。まだまだ男社会で、女性はすぐに結婚して辞めると思われていた。でも、私は入社時に社長と『5年は辞めない』と約束していたの(笑)」。
もちろん、仕事に対する情熱は男性に負けていませんでした。「自分の給料は自分で稼ぐ。それが社のルールみたいなものだったから、広告を作らせてほしいと飛び込みで営業して、全部自分でやった」と振り返ります。
製パン会社のパンフレットや家具メーカーのテレビCMなど、大きな仕事を次々と手掛けましたが、時には失敗したことも。「うまくいかないことがあると、悔しいから絶対に解決しようとするの。周りを恨んでいる暇があったら、解決するために努力するほうがいい。それに、一生懸命やっていたら、不思議といい出会いがあったり、状況が好転したりするもの。失敗も含め、あの頃やったことは勉強になった。最近の若い子の中にはあっさりと逃げ出す人もいるけれど、あきらめないでほしいな」。
在職中の25歳の時に結婚。仕事も充実していましたが、28歳で退職。大学のデザイン学科に編入します。「テキスタイルの勉強がしたくなって。でも、妊娠が分かって半年で退学。息子が生まれてからは、フリーでラジオの原稿を書いたりしていたけど、“手仕事”に目覚めて織り機を買って機織りを始めたの」。
ここから平塚さんのアーティスト活動が始まります。作品を販売したりしますが、札幌でアーティストとして生活するのは難しいと感じることが多かったそう。
そんな平塚さんに次の転機が訪れたのは1995年。前に勤めていた広告代理店に再就職。40〜60代の女性がターゲットのフリーペーパーの編集に携わることに。
残念ながらそのフリーペーパーは数年後に廃刊。しかし、「取材などを通して、女性の力のすごさを実感した。根性、覚悟、実行力がある。中でも主婦は世間知らずみたいにいわれるけど、テレビやフリーペーパーなどを通じて、誰よりも世の中と密着しているし、ものの考え方もフラット。例えば食器ひとつにしても、家族の人数や部屋の雰囲気、作る料理などをトータルで考えて購入する。時には環境問題や、自分の子供、孫といった次世代のことも考えながらね。生活全般をプロデュースできる力があるの。なんて自由なんだと思った」と話します。
そして、この頃の経験を生かし、「次世代のことも考えて行動ができる40〜60代の人たちへ向けて何かを発信したい」と、「叶多プランニング」を立ち上げます。
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