トスカーナは、欧州人の間で人気のバカンス地だ。スイスの友人レナートも、毎年家族連れでやってくる。「たまにはほかの場所に行きたくならないの?」と私がイジワルな質問をしても一向に行き先を変える気はない。爽やかな気候と美食、そこにワインの名産地とくれば、これ以上の旅先はないと言うのだ。そんな彼が、今年は友達夫婦を誘って大人数でやってくるらしい。そして驚いたことに「滞在先にお城を借りちゃった」と言うのだ。さらに私には、「日本食15人分用意せよ」と出張料理の指令が下った。
いよいよ食事会の当日。地図を頼りに車を走らせるが、デコボコの田舎道がえんえんと続くばかりだ。トランクの中にあるしょうゆビンが割れないかと気にしながらさらに進むと、ようやくレンガ造りの館が現れた。
お城はウソではなかった。館はもともと荘園領主の住まいだったもので、広大な敷地内には当時の農家が点在し、教会までも併設されている。中世の荘園の典型的なスタイルだ。それが今日では、別荘として観光客に貸し出されているのだ。1週間の賃料は日本円で約50万円だそうだ。15人で割れば1日5000円弱と、ホテルに泊まるより安い。しかしそれ以上に、気の合う仲間と一緒に食事をして、ワイン片手に夜通し語り明かせることこそが、彼らにとって極上のバカンスなのだという。そうして過ごした時間を象徴したかったのだろう、台所の隅にはおびただしい数のコルク栓が並べられていた。なかなかのユーモアである。
ところで、私の出張日本食はというと…。あまりに珍しすぎたようで、みんなが傍観する中、私独りの料理ショー状態となった。「調理手伝うからさ」という当初の約束など、全員ケロリと忘れている。まあ大ウケしたので許してやりますか。 (シティ特派員/大矢麻里) |