海外通信
トスカーナ
〜イタリア〜 Toscana
2007.5/30更新
花びらのじゅうたん キリストの聖体祝日
(シティ特派員/大矢麻里) 海外通信バックナンバー

 アジサイが咲き始めた季節だった。庭で夕方の水やりをしていると、近所のアンナおばあちゃんがやってきて「明日はお祭りの行列が通るのよ。植木鉢の花をなるべく道側に見えるように並べておいてね」と言った。

 イースターから61日目の木曜日は、「キリストの聖体祝日」といわれる日だ。その昔ボヘミアのある司教は、ミサの時に分け与えられるパンが「キリストの体である」という教えを信じられずにいた。するとある日、彼の目の前にあったパンから、突然血が流れ始めた。明日はこの奇跡を記念したお祭りなのだという。

 さてその翌日のことである。遠くからブラスバンドの演奏が聞こえてきた。おばあちゃんが言ったとおり、本当にお祭りだったのだ。村のおじさんたちで構成されたバンドらしく、少々音程が外れているのはご愛嬌(あいきょう)である。急いで外に出てみると、いきなり甘い香りに包まれた。見渡せば、どの家の前にも、色とりどりの花びらがまかれているではないか。中には花びらを使って、手の込んだ文様が施されているところもある。おばあちゃんは、驚いている私を呼び寄せると「聖体行列には花を飾ったり、お清めの“花のじゅうたん”を用意するのがしきたりなのよ」と教えてくれた。

 天幕を掲げた聖体行列は、じゅうたんを踏みしめながら静かに進んでいった。それと同時に、花びらは舞い散り、文様も一瞬のうちにかき消された。

 村の人々は、このお祭りのために、日ごろから丹精込めて育てた花を惜しげもなくささげてしまう。それは、彼らの深い信仰心のあらわれなのだ。おばあちゃんは、はかなく消えた“花のじゅうたん”の残り香に包まれながら、遠ざかる行列をいつまでもいつまでも見送っていた。

シティ特派員プロフィル

大矢麻里(おおや・まり)
イタリア・コメンテーター。幼稚園教諭、商社OLを経て、自動車誌記者だった夫と1996年結婚。同時に一念発起してトスカーナの古都シエナに移り住む。現在はラジオ・雑誌・Webのイタリア特集に欠かせぬ顔として、女性や生活者の視点からレポートをしている

キリストの聖体祝日
「キリストの聖体祝日」は、実際はその直後の日曜日にお祝いがされる(今年は6月10日)。用意した花のじゅうたんだけでなく、行列の進む先々にも花をまく
乾燥させた花にスパイスを組み合わせて描かれたもの
こちらは乾燥させた花にスパイスを組み合わせて描かれたもの。道行く人の誰もが、その香りに振り返る
インフィオラータ
行列や儀式の際に、花をまいたり、花のじゅうたんを用意することを「インフィオラータ」という。イタリア各地でさまざまなお祭りが行われる