アジサイが咲き始めた季節だった。庭で夕方の水やりをしていると、近所のアンナおばあちゃんがやってきて「明日はお祭りの行列が通るのよ。植木鉢の花をなるべく道側に見えるように並べておいてね」と言った。
イースターから61日目の木曜日は、「キリストの聖体祝日」といわれる日だ。その昔ボヘミアのある司教は、ミサの時に分け与えられるパンが「キリストの体である」という教えを信じられずにいた。するとある日、彼の目の前にあったパンから、突然血が流れ始めた。明日はこの奇跡を記念したお祭りなのだという。
さてその翌日のことである。遠くからブラスバンドの演奏が聞こえてきた。おばあちゃんが言ったとおり、本当にお祭りだったのだ。村のおじさんたちで構成されたバンドらしく、少々音程が外れているのはご愛嬌(あいきょう)である。急いで外に出てみると、いきなり甘い香りに包まれた。見渡せば、どの家の前にも、色とりどりの花びらがまかれているではないか。中には花びらを使って、手の込んだ文様が施されているところもある。おばあちゃんは、驚いている私を呼び寄せると「聖体行列には花を飾ったり、お清めの“花のじゅうたん”を用意するのがしきたりなのよ」と教えてくれた。
天幕を掲げた聖体行列は、じゅうたんを踏みしめながら静かに進んでいった。それと同時に、花びらは舞い散り、文様も一瞬のうちにかき消された。
村の人々は、このお祭りのために、日ごろから丹精込めて育てた花を惜しげもなくささげてしまう。それは、彼らの深い信仰心のあらわれなのだ。おばあちゃんは、はかなく消えた“花のじゅうたん”の残り香に包まれながら、遠ざかる行列をいつまでもいつまでも見送っていた。 |