海外通信
オークランド 〜ニュージーランド〜 2006.2/1 更新
伝統が息づく華やかな古都 海外通信バックナンバー

 2月10日(金)〜26日(日)に開催される、トリノオリンピック。今関心が高まっている“トリノ”って一体どんな文化を持った街なの? コラム「海外通信」イタリア特派員の大矢麻里さんにルポしてもらいました。

食前酒は“トリノ人”のたしなみ

 イタリアでは夕食前に「アペリティーヴォ」(食前酒)を飲む習慣があります。トリノはこの分野においても先駆け。
 1786年、トリノのカルパーニという人物が、白ワインをベースに薬草ヴェルムートや香辛料を加えたリキュール「ヴェルムート」を考案。これが食前酒として人気となり、マルティーニやチンザーノといった有名ブランドもこぞって醸造、一気にイタリア全土へと広がっていきました。
 夕方のカフェで、軽いおつまみとともに「アペリティーヴォ」を1杯。これはトリネーゼ(トリノ人)の粋なたしなみなのです。ただし、つい一口のつもりが食べ飲み過ぎて「夕食はもう結構」となることもあるそうですが…。歴史を知れば知るほどもっと好きになれる街、それがトリノです。

王家が広めたチョコレート

 サヴォイア家は、トリノの食文化にも大きな影響を与えました。1678年にある出来事が起こります。当時チョコレートドリンクは、特権階級だけが飲むことを許されていました。それを美食家だったサヴォイア家のフィリベルト・エマヌエーレが、一般市民にも6年の期限付きで開放したのです。これをきっかけに、トリノにはチョコ職人が集まり、カカオを固形状にする技術が発達して、19世紀にはトリノ名物のへーゼルナッツ入りチョコレート「ジャンドゥイオッティ」が誕生しました。
 また、18〜19世紀には政治家や学者など文化人の交流の場として、多くのカフェが誕生しました。彼らが好んだ飲み物は、もちろんチョコレートドリンク。あるときは仲間と議論を戦わせながら、あるときはひとり物思いにふけりながら愛飲した味は、当時のままの内装を残す伝統的なカフェで受け継がれています。

イタリア王国最初の首都

 トリノは、フランス国境に接する人口約220万人の県。オリンピックの屋外競技が行われるアルプスの山岳地帯は、上質なパウダースノーが舞い降りるウインタースポーツ天国として知られています。
 また、県都・トリノ市街は、バロック様式の建物の数々が見られる美しい町並みが特徴。その都市計画は、16世紀中ごろにサヴォイア公国がフランス側からトリノへ首都移転したのをきっかけに始まりました。パリやウィーンに引けをとらない街づくりを目標に、碁盤目状の整然とした道路や、華麗な様式の建物が造られたのです。
 その後、サヴォイア公国はイタリア統一に大きく貢献し、1861年にイタリア王国が誕生。現在のイタリアの首都はローマですが、トリノはイタリア王国最初の首都だったのです。

ガレリア・スバルピーナ
由緒あるカフェ「Baratti & Milano」の中庭にもなっている「ガレリア・スバルピーナ」
アペリティーヴォ・タイムのおつまみ
イタリアの中でも、トリノにおけるアペリティーヴォ・タイムのおつまみは特に豪華。ナッツ、カナッペ、サンドイッチに始まり、チーズやハム類まで並ぶ。基本的に食前酒1杯を注文すれば、好きなだけつまんでよい店が多い
ビチェリン
コーヒー、チョコレート、泡立てたミルクの3層になった「ビチェリン」は、19世紀からの飲み物。プッチーニやニーチェにも愛されたトリノの味
トリノの王宮
17世紀に建てられたトリノの王宮。1865年までサヴォイア公とその家族が居住していた
シティ特派員プロフィル
大矢麻里(おおや・まり)

イタリア・コメンテーター。幼稚園教諭、商社OLを経て、自動車誌記者だった夫と1996年結婚。同時に一念発起してトスカーナの古都シエナに移り住む。現在はラジオ・雑誌・ウェブのイタリア特集に欠かせぬ顔として、女性や生活者の視点からリポートをしている
大矢麻里(おおや・まり)