生きもの異変 温暖化の足音
【生きもの異変 温暖化の足音】(23)エイがアサリを食べ尽くす(
2008年 6月 23日 月曜日 産経新聞 東京朝刊 総合・内政面)
「海が黒くみえる」
5月下旬から7月にかけて、瀬戸内海西部の山口県山陽小野田市の沿岸海域では、珍しくない光景だという。
大きいものは体長1・5メートルを超える褐色のナルトビエイが、大群をなして回遊してくるのだ。
「エイが来るようになってから、アサリが全然採れんようになったんよ。前は東京の方にも出荷しよったのに…」。同市の刈屋漁港で鮮魚を売っていたおばあちゃんはこう話す。
アサリなどの二枚貝は、ナルトビエイの大好物。1匹で1日に約5キロのアサリを食べるという。それが、何千匹という規模で押し寄せてくるのだから、漁業者はたまったものではない。
「小野田のアサリ」はテレビの料理番組で“特選素材”として紹介されたこともあり、味には定評があった。山陽小野田市農林水産課によると、1990年代には多い年で約1300トンが採れたが、2000(平成12)年は980トン、01年は457トン、02年は196トン−わずか3年で水揚げは激減し、03年からは完全休漁に追い込まれた。
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ナルトビエイは本来、熱帯、亜熱帯が生息域だが、90年代半ばから九州・有明海などでアサリや大型二枚貝のタイラギの食害が表面化し、00年ごろから瀬戸内海にも大群が回遊してくるようになった。広島大学生物生産学部の橋本博明教授によると、現在は岡山県沿岸まで回遊域が東進しており、各地で貝類の被害が深刻化している。
「回遊域の拡大には、さまざまな環境要因が複合的にからむが、地球温暖化に伴う海水温の上昇が大きな影響を及ぼしているのは間違いない」と、橋本教授は分析する。
瀬戸内海は外洋に比べて水深が浅く、気温の影響を受けやすい。海水温はこの30年で約1度上昇した。広島湾の5月の平均海水温(過去10年)は17・2度。ナルトビエイが好む温度とほぼ一致する。
5〜7月は、卵胎生のナルトビエイにとって「産仔(さんし)」のシーズン。メスの体内で育った赤ちゃんエイが、この時期に海に旅立つ。手のひらサイズだ。穏やかでエサも豊富な瀬戸内沿岸は、産仔に最適な環境なのかもしれない。
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山口県漁協小野田支店は03年から毎年、県や市の協力を得て、ナルトビエイの駆除事業に取り組んでおり、5〜7月に10回程度の一斉駆除を行っている。
6月9日、7隻の漁船が午前7時半に刈屋漁港を出港。捕獲にはマナガツオの刺し網を使い、約2時間で200匹(約4トン)が揚がった。「多い日は、この倍くらい揚がる」という。ほとんどがメスで、水揚げ時に腹から仔魚(しぎょ)が出てくることもある。
捕獲したナルトビエイは、飼料用に業者に引き取られるが、一部は近くの水産加工場にも運ばれた。“大漁続き”のナルトビエイを食用として資源活用しようという試みで、珍味として製品化する計画も本格化している。
「小便臭いという先入観を持つ人もいますが、新鮮なうちはアンモニア臭はなく、刺し身でも食べられます」と、市農林水産課課長補佐の多田敏明さん。
「産仔の時期に捕獲することで増殖を抑え、アサリの資源回復を目指しています。一方で、ナルトビエイを特産品として産業化に結びつけたい」
温暖化の中で地域、産業が生き残るために、人(漁業)とアサリとナルトビエイの「共存関係」を模索している。(中本哲也)
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【用語解説】ナルトビエイ
トビエイ科マダラトビエイ属の軟骨魚類。インド洋などの熱帯、亜熱帯域に生息し日本近海ではまれに網にかかる程度だった。ブタの鼻のような鼻先で砂を掘り起こし、丈夫な歯で貝殻を砕いて中身を食べる。一般には食用にされていないが、コラーゲン豊富でフグのような淡泊な食味といわれる。佐賀県ではナルトビエイの身を使ったシューマイが事業化されている。
