●森優子プロフィール
2005.2/2 更新
森優子の楽しむ旅行術バックナンバー
旅本ライブラリー(7) 漫画家・グレゴリ青山氏インタビュー(前編)

グレゴリ青山直筆サイン色紙・イラスト原画プレゼント!
(1)サイン色紙
グレゴリ画伯の自画像つきサイン色紙。浜辺で寝そべるセクシーポーズ・バージョン。読者の前にけっして姿を現さない幻の漫画家グレゴリさんの生サインは貴重品。一名様に。
(2)イラスト原画
「楽しむ旅行術」のためにじきじきに描いていただいた自画像・三日月さん・チャイナ娘グレゴリ青山(ちんしゃん)の豪華三点セット。一名様に。
応募は終了しました。
色紙か原画セットか、どちらが当たるかはお楽しみに。締め切りは2月8日。抽選の上、当選者を次回(2月16日更新)当コーナーにて発表ののち発送いたします。
 
↑グレちゃんの持ちキャラのひとつ、三日月さん。グ☆曰く「高校時代からノートに書いていた」。作品の中にふいっと登場し、毒舌やつっこみをぶちまけては去ってゆく。旅好きらしいが、何者かはよくわからない。
まずはざっと、グレゴリ青山氏の
デビューまで+現在への経緯をご覧ください。
1966年11月京都生まれ、京都育ち。血液型AB型・さそり座の女。
京都の高校を卒業後、大阪の美術系専門学校の夜間部にてグラフィックデザインを学びつつ絵を描く。
1987年の中国旅行をきっかけにアジアに溺れつづける。
26歳で京都を離れ、東京へ引っ越し(結婚)。
雑誌『旅行人』の前身の同人誌『遊星通信』へ四コマ漫画『ひみつのヒッピーちゃん』を投稿したのが運命の分かれ道。
グ☆の才能をいち早く見抜いた蔵前仁一編集長が「連載してもらうことに決めました」と一方的な手紙を送り、それが実質的なデビューとなる。
着実にグ☆人気高まる。
旅行人誌上にて『ひみつの懺悔室』連載スタート。
1996年、初の単行本『旅のグ』(旅行人)刊行。
別の出版社からもじわじわとオファーが。講談社『週刊モーニング』での連載も始まる。
和歌山の山奥へ引っ越し。家賃5千円の古民家で、田舎暮らし+畑仕事デビュー。
四年後、京都の静かな人里へ引っ越し。現在にいたる。
05年現在で自著は8冊。
※著書一覧はバックナンバー前回の『旅本ライブラリー(6)グ印観光』をご覧ください。
画伯の京都の家の仕事部屋の片隅に置かれたトランク、そしてその上のジャンボなマッチ箱はグ☆の著書の表紙カバーを模して読者が作ってくれた、『ひみつのグ印観光公司』立体バージョン。フエルト製。愛がなきゃできません。

ポクロン。♂。近年の作品(旅のグ2)にもたびたび登場。猫は3匹いる。
ゲスト=グレゴリ青山氏
聞き手=森優子
※両者ともにベタベタの関西人ゆえ、以下の会話はぜひ関西弁イントネーションでお読みください。
ペンネームの由来は誰もが知ってるあの映画
ここで初めて知る方もいらっしゃると思うので解説しますと、グレゴリ青山さんは男みたいな名前ですが女性です。
おひさしぶりです(注1)。
おひさしぶり、マダム。
まずは『グレゴリ青山』というペンネームの由来を聞かせてください。本名は「なおみちゃん」ですよね。
自分が高校時代、パピヨン近藤とかプリン折原とか、そーいう名前をつけるのが流行ってて、そのときたまたま『ローマの休日』を観たあとだったので、グレゴリ−・ペックから『グレゴリ青山』とつけました。安易でごめん。
そもそも、なんでペンネームをつける必要があった?
えっ。森さんは学生時代、そういうのつけへんかったん? 
当時の学生のそういうノリは理解できるけど、私はつけへんかったよ。
そうなんや。
じつは私、画廊で個展とかひらいてた一時期(注2)、青山直美をもじって赤山曲美(あかやまきょくみ)って名乗ってたこともあったんやけど、これは恥ずかしいから秘密にしといてな。
わかりました。
※注1
グレゴリ画伯と森は約9年前から面識がある。ほぼ同い年ということもあり、全体的にノリや口調がタメになっている点をお許しください。このときは約半年ぶりの再会です。
※注2
グ☆は京都の画廊で2回、個展をひらいた経験がある。和紙に竹ペンなどを使って墨で描く、日本画ともイラストとも分類できない独特のワールドは現在の作品ともまた違う彩と味わいを放っていて、これが身震いするほど素晴らしいのだが、今回この機会に一部を公開させてほしいとたのんだところ「ごめんなあ、恥ずかしいし」と京都弁でやんわりしっかり断わられてしまった。
ファンのみなさま、グ☆に公開懇願のお便りを送ろう! 
『ストロベリー』の甘酸っぱい思い出
ペンネームがあったということは、漫画をすでに描いてた?
森さんも同世代やからわかると思うけど、小学校のときといえば、ベルばら(池田理代子作・ベルサイユのばら)がブームでクラスの大半が漫画家目指してるような時代やった(注3)。
クラスの女子の何人かで、忘れもしない『ストロベリー』っていう漫画雑誌を作って……。
ス、ストロベリー。
たいていの子が描く話は、
金髪
フランスが舞台
病気もの
って相場が決まってた。
私はギャグ漫画担当やってんけど……
ギャグ担当。やっぱりと言うか、意外性がないというか、むしろ意外と言うか……。
いっしょに描いてる友だちから「なおみちゃんの絵、ザツ〜〜〜ッ(注4)」とか言われて「むっかーっ」ってきて、その子の絵を勝手に改ざんして、えらいモメたこともあった。
そらモメるわ。
とにかくギャグ漫画担当やってんけど、あるとき「やっぱり私も金髪・病気ものを描かなあかん」って思って描いてんね。
貧しい女の子が、「じつはあの子はガンなのです」って自分のこと話されてるの聞いて、「ガーン!」ってゆうのがオチ。
他にはどんなん描いたかぜんぜん覚えてないけど、これだけはやたら覚えてる。
※注3→グが子供だった当時の少女漫画
読者は「週マ(週刊マーガレット)派」か「なかよし・りぼん派」にきっぱり分かれていた。グ☆は「つる姫じゃ〜っ!(土田よしこ作)」が掲載されているので週マ派だったそうです。
※注4→なおみちゃんの絵はザツ
「たしかに、ほめられたことなかった。でも小5ぐらいのときから書道はうまくて、先生に『みなさん、青山さんのをごらんなさい』って言われるほどやった。ふだん書く字は汚かったのに。たぶんそのときの習字の先生がよくて、今思えばずいぶんレベルの高い習字の授業やってんね。必ず墨も自分ですずりですって。集中力の高め方みたいなのものを、あの時に学んだ気がする」 
キーパーソンは四国のおっちゃんとブルース・リー
幼少時代、グレちゃんがはじめて異国を感じたものと言うか、「今思えばあれが旅への憧れの下地になったな」と思うようなものは、なにかありますか。
うーん…。私らが子供やった当時って、日曜の朝にいろんな紀行番組が放映されてたやん、「知られざる世界」とか、「世界の窓から」とか。
ナレーションが滝田栄だったり、その国が好きだとかゆかりのある人がレポーターをつとめてたり。昔の紀行番組って、きゃぴきゃぴしてなくて、最近のよりももっとしっとりしてた。
ああいう番組が、外国の存在ってものをひしひしと感じさせてくれたね。
確かにそうやった。
パルナスのCM(注5)なんか、むちゃくちゃ強烈に異国を感じさせた。
うっわー、懐かしいー。
♪甘い〜お菓子の〜、お国〜の便り〜♪
おとぎの国の、ロ〜シア〜の〜♪
ああ、森さんもやっぱり知ってるんや。関西人やなー。大人になってから、これが全国区で知られてないってわかってびっくりしたよなあ。
グレちゃんはテレビっ子だったの?
うちは、いわゆる「テレビつけっぱなしの家」やった。その反動でか、今はテレビがうるさなって、見たい映画のDVDとか見るときしかつけへんようになった。
うちは、なんというか「文化不毛の家」やったんよ。新聞はスポーツ新聞しかとってへん時もあったし。文学とか映画とか芸術とか、文化の香りがぜんぜんない家やってん。
そうなんや。
そんなところに唯一文化をもたらしてくれたのが、ときどきうちへくる四国の親戚のおっちゃん。仕事が船乗りで、あちこち外国の港をまわってて、香港のコインとかをおみやげに持ってきてくれたりした。
当時だと「外国のお金なんか見たことない」ってのが普通だったから、そりゃむちゃくちゃ強烈やったに違いないな。
そう。『外国ってほんまにあるんやなー』って。
だからそのおっちゃんが来るとむちゃくちゃ嬉しくて、「○○は英語でなんて言うの?」とか、いちいち聞いたりしてた。
あのおじさんがおれへんかったら、とことん文化不毛な幼少時代やったと思う。
あともうひとつ、「あれが私をアジアに目覚めさせた」っていうのは、ブルース・リー主演の「燃えよドラゴン(注6)」。
ドラゴンの妹役のアンジェラ・マオが逃げ惑ってるのを見てたおばあさんがぴしゃっと窓を閉めてしまうシーンが衝撃的で。水上生活者とか、貧しい香港とか、冷たいマイナスのイメージで香港が不気味に描かれてる。
作ったのがアメリカ人やからそうなってるのかもしれんけど、とにかく私にとっては『第二次アジアへの目覚め』は、あの映画やった。
※注5→パルナスのCM
関西ローカルのCM。やたら甘くしつこいバタークリームのケーキなどが主力商品の洋菓子チェーンで、私鉄沿線の駅前や高架下に必ず店舗があった。CMには、まだソ連と呼ばれた当時のモスクワの赤の広場やお菓子をほおばる現地の子供などがイメージ映像に使用され、あわせて流れる音楽が「走れトロイカ」をほうふつさせる、もの悲しいメロディー。これがたぶん、当時の関西人の子供の脳に最初に刷り込まれた「異国」「ソ連」のイメージだったと思われる。
※注6→燃えよドラゴン
グ☆は作品の中でブルース・リーのことを何度も描いている。「仲の悪い弟とも、ブルース・リーの話するときだけは仲良かった」
枯渇感から求めた「物語」の世界
グリム童話とか、アンデルセン童話とか、シンドバッドの冒険とか、四国のおじさんが買ってきてくれるのを、むさぼるように死ぬほど繰り返して読んでた。あれも私にとって、すごく濃厚な「最初の異国」の刷り込みのひとつやったなあ。
その後、どういう道をたどって『文学少女グレちゃん』になったの? かなり渋いというか、どこか倒錯した世界へ行ってしまうような文学が好きというか、若い頃からとにかくむちゃくちゃたくさん読んでるよね。ああいう世界へ行ってしまった最初のとっかかりみたいなものがあれば教えてほしい。
中学の頃、『目がキラキラの女の子漫画』じゃない、活字だけの本も読んでみたいと思って入ったのが横溝正史の世界。大ファンで、そこから探偵小説の世界に入っていったって感じ。
その頃に、横溝正史の「真説 金田一耕助」っていうエッセイ(注7)を読んで、この出会いは影響大やった。
和田誠さんが挿絵をかいてはるんやけど、当時はまだイラストの存在とか言葉とかも知らんかった。「わあ、こういう仕事があるんや」って初めて知ったのは、この本。
そこから絵を描く仕事を目指したとか?
当時は推理小説家になりたいと思ってたけど。そうかもしれんなあ。
グレちゃんはその後、映画やら文学やら、とにかくむっちゃ濃厚な趣味の世界にどんどん入っていくよね。
文化不毛の家で暮らしてる枯渇感から、文化を求めたっていうのは、やっぱり大きかったと思うんやね。
でも、あんまり何回もこんなこと言っててそれが活字になったら、「むぅわ〜っ、反骨精神から生まれた漫画家〜」って印象になってしまうかなあ〜。
※注7
「真説 金田一耕助」横溝正史
真説 金田一耕助
グ☆に多大な影響を与えたというこの一冊、横溝氏が金田一シリーズについて語るエッセイ。絶版。たしかに和田誠さんの挿画が素晴らしい。これを見て、和田氏がグレゴリ青山という描き手の画風・感性に多大な影響を与えたことがよくわかった。

グレゴリ青山が好きな旅本・三冊
「どくろ杯」 「日本遊歩記」 「ゴーゴー・インド」
「どくろ杯」
金子光晴(中公文庫)
「『ねむれ巴里』『西ひがし』とあわせて、詩人・金子光晴の戦前の旅三部作。そのむちゃくちゃな旅っぷりと美しい言葉の群れには、言葉をなくします」
「日本遊歩記」
海野弘(沖積舎)
「旅するように本を読んで、読むように道を歩いて、親しい友人に会うように街に会いにゆく海野弘さんがとてもすてきです」
「ゴーゴー・インド」
蔵前仁一(旅行人/凱風社)
『ゴーゴー・アジア』『ゴーゴー・アフリカ』も含めた、蔵前仁一氏のゴーゴー・シリーズ。
「旅することをショーゲキ的なまでに身近にしてくれた本です」
※グレゴリ氏が所持するのは初版・凱風社のもの。写真は01年に旅行人から「新ゴーゴー・インド」として出版されたリニューアル版。
次回はこの続き、グ☆がのめりこんだ趣味の世界や、旅立ち、現在の仕事や生活などについてうかがいます。お楽しみに!

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