City interview
「日本の文化に根付くような演奏をしたい」
TEXT:堤律子 PHOTO:田中幹人
馬頭琴奏者 福井則之さん
1976年生まれ、京都府南丹市在住。京都市立芸術大学美術科卒業。知人に誘われたイベントでホーミーの歌声に出合い、翌日から独学でホーミーを始める。その1年後には馬頭琴も始め、2004年、内モンゴル大学芸術学院に留学し馬頭琴を専攻。2005年10月帰国。馬頭琴講師や演奏者としてイベントやライブで活動中。毎週水曜日は「ジンギスカン ひつじ家」(河原町三条下ル二筋目東入ル)にて演奏を披露。
馬頭琴奏者 福井則之さん
牧民手作りの現地の日常着「デール」をまとい、キリリとした表情で演奏する福井さん。「ヘビーメタルバンドのリーダーに声をかけられたのも、公園で演奏していた時」。馬頭琴の音色を放っておけない日本人はまだまだ増えそう
 「人間の声であんな音が出るなんて」。うなるような低い声と高い声を、1人で同時に発声するモンゴル独特の歌唱法“ホーミー”。この歌声を聞いたとき、誰もがそんな感想を持つのではないでしょうか? 馬頭琴奏者の福井則之さんも、初めはそんな感想を持った1人。
 大学を卒業後、レプリカや彫刻を作る造形会社で働いていたころに出合ったホーミー。「そんな文化があることにショックを受けました」。次の日から早速CDを買って、独学でホーミーに挑戦。同時にモンゴルの文化にも興味を持ち、1年後に始めたのが馬頭琴。
 「楽器を演奏したのは、馬頭琴が生まれて初めて。日本に1冊だけ教本があったので、これも独学で。独学が好きなんです(笑)。2年後には教室にも通いましたが、民謡であるホーミーは、やっぱりその土地を感じなければ表現できない。そう思って、これもまた独学で中国語を勉強し、会社を辞めて、内モンゴル大学芸術学院馬頭琴専攻コースに留学しました」。“生徒のほとんどが現地の蒙古族”という中で、現地の人や土地に触れたことは大きかったと福井さんは振り返ります。
 「日本人はきっちり譜面通りに弾くけれど、現地の人はもっとおおらか。馬頭琴の音色は、心を広く持ってこそ、生まれる音色だった。これは現地に行かないと分からないことでした」
 とはいえ、その“おおらかさ”に最初は戸惑うこともしばしば。「まず、お昼休みが2時間半(笑)。留学生寮の部屋で個人レッスンをするのですが、先生が遅刻するのも珍しくない。なかなか先生が来ないな〜と思っていたら、お昼休みにお酒を飲みすぎて『午後の授業は休み』とか…」。
 それでも1日8時間レッスンに励み、1年後に帰国。「日本で披露するつもりはなかったのですが、現地の大学まで行って学んでいる人は、やっぱり少ない」と、演奏会のほか、文化教室の講師も務めるように。「30歳までに、馬頭琴をできるだけ広めるのが目下の目標」と話します。
 9月9日(土)にはピアニスト・植村照(しょう)さんとのアンサンブルで、「荒城の月」や「浜辺のうた」など唱歌を奏でるコンサート(中京区/京都芸術センター)が控えています。さらに、へビーメタル・バンド(!)と一緒に行っているライブが「すごく面白い」のだとか。雄大な草原から生まれた馬頭琴の音色と、激しいヘビーメタル…?
 「『それは馬頭琴じゃない』と言われるかも知れない。でも外国の文化が入ってきて、形や弾き方が変わるのは自然なこと。文化はそうじゃないと根付かない。モンゴルの楽器をそのまま紹介したいなら、モンゴル人がやるべきです。でも日本に文化として根付かせるのであれば、日本人がやらなければ…。文化がその土地に根付く瞬間を、僕はつくりたいと思っています」
情報掲載日:2006.7/5