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2008年01月10日
10年前のIT環境
遅くなりましたがあけましておめでとうございます。今年もぼちぼちと更新していきますので、電脳ブログをよろしくお願いします。
シティリビング東京版1/11号の紙面特集は「平成の20年間を振り返る」(電子ブックはこちら)という企画で、OL生活がこの20年でどう変わってきたかというのを紹介しているんですが、今年は平成10年に入社したぼくにとっても丸10年ということで、いちおうの節目にあたります。ということで、入社したころのIT環境をちょっと振り返ってみます。
10年前というのはまだWindows98が出たころで、社員の全員にPCが配備されているということもなく、営業部なんかの机の上には電話しかなかった時代です。ぼくはデザイン職で入ったので、DTPの制作用として与えられたMac(PowerMac G3 MT266)と21インチブラウン管で仕事をしていました。個人だと13インチとか15インチくらいのモニターが普通だったので、「おお、プロが使う機材はやっぱり違うな〜」と感激していました。
紙面の制作は当時でもさすがに手書き原稿というわけではなく、編集部では「ニュースライター」という、ラップトップ型のPC-9801を新聞制作用にカスタマイズしたPC(ワープロ専用機に近い)が使われていて、モノクロのモニターで縦書きで原稿を入力していました。
入力した原稿をレイアウト指定紙と一緒に、モデム経由で電送するか、3.5インチのフロッピーで写植屋に入稿すると、翌日には写真の入っていないモノクロのゲラ(校正紙)が上がってきて、それに赤字を入れて戻すとまた翌日にカラーの校正紙(色校)が上がってくるという、のんびりしたやりとりを繰り返して、実際にカラーで印刷されたものを確認するのに何日もかかっていたというわけです。今だと画面を見ながらテキストを流し込んで色指定して写真を貼り込んで、即座にプリントまでできるので、ほんとうに便利になりました。
一部はDTPで作っていたので、その部分を作るのは今と同じようにMacでサクサクっと作れてラクだったのですが、写植ページの担当になると、いちおうレイアウトはMacで作るんですけど、それをモノクロのレーザープリンターで出力して、それに「本文13Q MM-A-NKL 平66% 字12 行34、キャプ8Q ナールM、見出し34Q ゴナB ツメ、写真ケイアタリ」などと呪文のような文字の指定などを書き込んで、レイアウト指定紙として写植屋に入稿するという遠回りなこともやっていました。今でも一部の老舗系の出版社ではこのやり方でやっているところもあります。
インターネットはまだ全然一般的ではなくて、メールアドレスも一人ずつ支給されていませんでした。会社のドメインの自分専用のメールアドレスが支給されたのはしばらくしてからです。ニフティサーブがまだまだ幅を利かせていた時代なので、テキストデータのやりとりは「Nifty Manager」というニフティサーブ専用のソフトを使って、部の共通のアドレスでやっていました。
インターネットも使えることは使えたけど、ISDNの64Kbpsのダイヤルアップで接続した回線をルーターで全員で共有するような使い方でした。ルーター経由のアクセスなので、誰かがネットにアクセスするたびにダイアル接続が発生して、普通は数万円くらいの電話料金が、ウン十万円もかかっていたこともありました。当時は企業でも専用線を引いているところはまだ少なかったと思います。今となっては専用線という言葉自体が死語ですけどね。
携帯は今となっては考えられないけど、加入者数が4000万人程度で会社員でも持っている人のほうが少なかったです。メールもiモードが始まる前(1999年サービス開始)なので全然普及しておらず、普通のメールではなく1通送るのに10円かかるショートメールとかスカイメールが使われていました。液晶もモノクロで、「おお、漢字表示ができる!」と喜んでいたくらいで、着信音も「着メロ本」を見ながら音符を手入力するようなものでした(ケータイメモリアル参照)。
こうやって10年を見てみると、大きな生活スタイルはそんなに変わらないけど、細かいところはずいぶん変わったな〜と実感します。今実現している技術を考えると、「ここまで進化した技術が、いったいさらに、どうやって進化するの!?」と思ってしまうけど、10年後に見返してみると、「ああこんなショボい機械でよくやってたな〜。今では考えられん!」などと思ってしまうんでしょうね。
投稿者 dennou : 2008年01月10日 14:40
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コメント
さとしさん、懐かしいですね!私もその辺りの入社なのでその前後のことを思い出しました。
読んでいて「そうだった、そうだった」と納得できる部分も多くて楽しく拝見しました(分からない用語もあるけど)。
ほんとPCは一人1台ではなかったし、インターネットを使ってフリーズすることもしばしば。。。
ケータイの着メロも音符を入力するのが面倒でもともと入っているもので我慢したもんです。
ポケットボードとか、Pボード(だったかな?)を使って
女同士でよくメールしてました。
それにしてもさとしさん、よく覚えていらっしゃいますね。懐かしみたくても、ついつい今に慣れてしまって、
人から言われないと「そうそう!そうだった!」と懐かしめないので、ありがたかったです。
投稿者 U.U : 2008年01月13日 00:51
ありがとう!
10年前はインターネットはまだ「PCの通信サービスのうちの一つ」くらいの扱いでした。
Googleもなかったしね。
ポケットボードはぼくも持ってましたよ。
キーボードで文字を打ってケーブルでつないで、
携帯は単に送受信するためだけに使うっていうめんどくさいやり方でした。
テンキーでメールを打つようになるなんて、考えもしなかったですよ。
投稿者 電脳 : 2008年01月15日 12:55
