« iPod touchで買い物がとめどなく連鎖してしまいました | メイン | [1998-2007]家庭用ゲーム機の10年〈その2〉 »
2007年11月14日
[1998-2007]家庭用ゲーム機の10年を振り返る 〈その1〉

11/16号のシティリビング東京版の特集は、1998年にスタートした「シティ・エンターテインメント大賞」の過去9回を振り返るというものです。めざましテレビの軽部アナのコメントや、「エンターテインメント検定」などもあるのでぜひ見てね(HTML版・電子ブック版)。
この特集の打ち合わせの席で、「電脳さんも連動企画でブログで何か語ってください」ということになり、ぼくが10年を語れるものといえば当然デジタル関係の話ということになりますが、ケータイについては昔の「電脳さとしの部屋」で記事を書いているので、今回は「家庭用ゲーム機の10年」について語りたいと思います。
1998年はちょうどぼくがこの会社に就職した年で、生まれ育った大阪から東京にやってきたという非常に思い出深い年でした。もちろん当時からゲーマーだったので、ゲーム機がない生活は考えられません。宅配便で実家から送ったものは当面の衣類のほか、大事にしていた本と「セガサターン」と「Mac」でした。引っ越した当日はカーテンもない中、セガサターンとMacを前にして、近所のマルイで買ってきた毛布にくるまって寝ました。
入社式のあとは研修で箱根に連れて行かれて2日間拘束されたあと現地解散になり、小田急のロマンスカーで新宿駅についた途端、「あ、プレステがない」と思いついて、さくらやでプレイステーション(以下プレステ)を買って帰ったということを覚えています。生活用品よりも先にゲーム機を買ってしまいました。
●1998年11月「ドリームキャスト」発売
当時は1994年に発売された「セガサターン」と95年に発売された「プレステ」、96年に発売された「ニンテンドー64」の3機種が競い合っていたという状況でしたが、もう普及率には決定的な差がついていて、プレステが圧倒的な人気を得ていました。セガサターンは末期的な状況になっており、今は絶好調の任天堂も、ニンテンドー64が大失敗して、ポケモン人気に支えられたゲームボーイで何とか存在感を保っているという状況。一人勝ちのソニーに、2番手のセガがどう一矢報いるのか、というのが課題でありました。
そこで11月に投入されたのが「ドリームキャスト」。覚えている人も多いと思いますが、「セガなんてダッセぇよな! プレステのほうが面白いよな〜」という小学生の声に衝撃を受けたセガの湯川専務が夜の街で飲んだくれた挙げ句、ヤクザにからまれてボコボコにされるという内容の自虐CMはゲームファンの度肝を抜きました。
秋元康氏が仕掛けたこのCMの効果もあってか、ドリームキャストは非常に話題になり、発売日には長蛇の列ができて即日完売という状況に。もちろんぼくも発売日に並んで買いに行きました。発売当初の価格は29,800円で、買ったパッケージを見ると、片側の側面全面に湯川専務の写真がどーんと印刷されているのが衝撃的でした。タレントでもない普通の会社員のオジサンの顔が、商品よりも何よりも一番大きくデザインされたパッケージというのは未だかつてないのではと思います。
発売後はCM人気と出荷台数の少なさから品薄状態が長く続いて、お店に行ってもなかなか買えない、ということが多かったのですが、そんなトラブルまでもネタにして「責任を取って湯川専務は常務に降格です」というCMが作られたりと、何かと“ゲーム以外”での話題が多かったというのが印象だけど、この一連のCMは非常に面白かったです。今見ても画期的ですよね。
ちなみに、CDやグッズも販売されるほどブームになった湯川元専務は、現在はプリペイドカード大手の(株)クオカードの代表取締役会長をされているようです。
●ラインナップには良作がたくさん
ゲーム自体も、非常に良いものがたくさん発売されました。「バーチャファイター3」「セガラリー2」「ザ・ハウス・オブ・ザ・デッド2」「ジャイアントグラム」「ソウルキャリバー」「電脳戦機バーチャロン」「ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド」「カルドセプト」「サンバDEアミーゴ」「クレイジータクシー」などなど、今でも十分遊べるような名作が揃っていました。ぼくも社会人となって経済力をつけたのをいいことにゲームを買いまくりました。
でも、社会人になってゲームを買う資金が格段に増えたことに反比例して、ゲームをやる時間がどんどんなくなっていき、買ったゲームをクリアせずに放置するようになったのもこの頃です。買って2時間くらいプレイしたらもうおなかいっぱいになってしまう、というのは、社会人ゲーマー共通の悩みといえるのではないでしょうか。最近はまた1本のゲームをクリアするまでじっくり遊べるようになってきたんですけど、この頃は10本買って最後まで遊ぶのは1〜2本、という「積みゲー」が激しい状態でした。
セガのソフトはアーケードの移植作品が多く、それ専用のコントローラーが発売されるということも非常に多かったため、家にも特殊コントローラーがあふれかえるということになりました。「バーチャ」用でアーケードスティックを2セット、「ハウスオブザデッド」用でガンコントローラーを2丁、「バーチャロン」用でツインスティック、「タイピングオブザデッド」用でキーボード、「アミーゴ」用でマラカスコントローラー…etcという感じで部屋の押入がいっぱいになってしまいました。今考えると、「友だちが来たとき用に」とちゃんと2セット揃えておくというのが涙をそそります。東京で一人暮らしを始めたばっかりの部屋には、実際には友人などめったに来ないんですけど…。あれ、なんか目からしょっぱい水が…!?
その他には、何しろコントローラーがへっぽこで、大きくて使いづらい上に故障しまくるという印象でした。とくにLRボタンが押せなくなるという症状が多くて、今ウチにあるコントローラーも故障していて使えなくなっています。あとコントローラーに装着するメモリーカードにボタン型電池が必要なんですが、これがまた電力の消費が激しくて、交換しても数ヶ月で電池切れの「ピー」という音が鳴るというのが非常にイライラしました。
ドリームキャストはゲーマーには非常に受けた良いハードで、2007年になってもまだソフトが発売されるというくらいのコアなファンを得たのですが、何しろプレイステーション全盛の時代です。2000年3月に「プレイステーション2」が発売されたあとは見る見る間に縮小してソフトの発売本数も少なくなり、2001年3月、発売からわずか2年半で生産終了となってしまいました。生産終了時には価格も9,900円となり、在庫処分されることになったんですが、皮肉なことにこれでまたドリームキャストの争奪戦が繰り広げられ、あっという間に売り切れることになりました。
この失敗を機に、セガは1983年の「SG-1000」から続いた家庭用ゲーム機のハード生産からは撤退することになりました。
投稿者 dennou : 2007年11月14日 16:00
固定リンクURL:http://www.citywave.com/dennou/2007/11/1998200710.html
はてなブックマークに追加
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.citywave.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/2270
